スペシャル 夢をつなげ!B&Gアスリート
スペシャル:夢をつなげ!B&Gアアスリートパラカヌー 今井 航一選手 インタビュー後編
2021.07.15 UP
2021.07.15 UP

5月13日(木)~15日(土)ハンガリーで開催された2021 ICF PARACANOE WORLD CUP 1 (PARALYMPIC QUALIFIER) 「パラカヌーワールドカップ パラリンピック選考会」で、B&G高瀬海洋クラブ(香川県三豊市)出身の今井航一選手(株式会社コロプラ、香川県パラカヌー協会、日本障害者カヌー協会所属)が、2020東京パラリンピックの代表選手に内定しました。
出場種目は、カヌー競技男子ヴァーVL3、東京大会から採用された新種目です。
ヴァー種目は、ダブルブレードパドルで長さ5.2mのカヌーを漕ぐカヤック種目に対し、シングルブレードパドルでアウトリガー(アマ)の付いた長さ7.3mのカヌーを漕ぎます。両種目とも平水200mを漕いだ順位を競うカヌースプリント競技です。
女子カヤックKL1種目に瀬立モニカ選手、男子ヴァーVL3種目に今井航一選手、パラリンピックカヌー競技に2名のB&Gアスリートが出場します。 この度、今井航一選手に75分にわたるロングインタビューでお話を伺いました。
左足切断後に始めた水泳で全国優勝した後、カヌーを始めるまでを伺った前編に続き、パラリンピック代表への道のりを今井選手に伺います。
B&G財団(以下「BG」と記載):そして2回目のデビュー戦?として、2019年3月香川県坂出市の府中湖で開催された「2019 パラカヌー海外派遣選手最終選考会」にカヤックとヴァーの2種目で出場されます。地元開催に加え、中止となった前大会のリベンジ、さらに自身の練習の成果も感じていたでしょうから、どのような気持ちで大会を迎えられましたか?
今井航一選手(以下「今井」と記載):カヤック種目は、前回の大会中止から半年間、ひたすら漕いで練習を重ねましたので「絶対入賞する」と言う気持ちで臨みました。一方ヴァー種目は、艇を入手できず1月から木場潟に通って日本障害者カヌー協会のヴァー艇を借りて練習を始めました。操縦性に癖があるヴァー艇を200mまっすぐ漕げるようになったのは、大会の10日ほど前でした。このような状況でも、この頃は明確に2020パラリンピック東京大会を目指していたので、両種目とも上位入賞を狙っていました。
BG:今井さんは、この大会でカヤック3位、ヴァー2位に入賞し、カヌーを始めて1年半でトップ選手となりました。お話しにあったヴァー艇の操縦の難しさについて教えてください。
今井:アウトリガーは艇の安定性を高める半面、艇の左右で重量・水の抵抗が変わり、さらに風や波の影響をメインハルだけでなくアウトリガーにも受けます。艇を速くまっすぐ進ませるには、操縦性の癖だけでなく、レース当日の水面状況の影響も考えて漕がなければなりません。そこが難しい所であり、ヴァーの面白さでもあると思います。
BG:ヴァーはシングルブレードパドルを使いますが、選手によって片側を漕ぐ方とパドルを持ち替えて両側を漕ぐ方がいますね。
今井:パドルを持ち替えて両側を漕ぐ選手は、艇の蛇行を前提に漕いでいます。パドルの持ち替えもそれに気づかないほど素早く行います。私も初めは両側を漕いでいましたが、蛇行も持ち替えもロスとなるため、左の片側漕ぎをしています。ただ、左漕ぎをしている決定的な理由は、冒頭で紹介していただいた、20年前の交通事故の際に、左足に移植するために、右の広背筋の半分を切除しているため、右腕を船尾の方向に引くプルのパワーが左に比べると劣るからです。
BG:競技規則でカヤックは長さ5.2m最低重量12㎏、ヴァーは長さ7.3m最低重量13㎏となっています。ヴァーは、4人乗りカヤックの11m、4人乗りカナディアンの9mに次ぐ長さで、重量も軽いのでボートスピードが速そうですね。
今井:ヴァーの競技艇は、水線長が長く水線幅が狭いため造波抵抗の少ない船型です。ビルダーにより重量は異なり、重い艇は15~16㎏ありますが、私のAllwave社の艇は13.5㎏と軽くできています。
BG:アウトリガーを浮かせて接水面を少なくして摩擦抵抗を減らしたり、逆に競技規則の7.3mまでアウトリガーを長くして造波抵抗を減らすことで、ボートスピードを速くできるかもしれませんね。
今井:面白いアイデアです。ただし、現在のヴァー競技艇はメインハルの水線幅を極限まで絞ったため、メインハルだけでは水面に自立して浮かべることもできません。アウトリガーの改良は、メインハルの設計と合わせて考える必要があります。
BG:不安定なスプリント競技艇と言えど水面に自立して浮くものですが、ヴァー競技艇はそこまで追い込んだ設計なのですね。新しいアイデアも海外ビルダーばかりの現状では、試す機会が限られますね。
今井:パラカヌーの種目としては新しい種目なので、これから艇やテクニックも変化していくでしょう。
BG:今井さんはご自身の競技だけでなく、パラカヌー競技の普及や支援にも積極的です。ボートレースまるがめのイベントでパラカヌーを紹介したり、クラウドファンディングで練習環境の基礎となるパラカヌー艇購入に取り組んでいますね。
今井:私自身カヌーを始めた時がそうであったように、カヌーが盛んな香川県でも、県民一般のカヌー認知度は低い状態です。多くの方にカヌーにふれてもらう機会を作って、カヌー人口・カヌー競技人口を増やしていかなければ、競技の発展もありません。
BG:そして、今井さんは小学校や養護学校などでの講演活動も積極的に行っています。子供達に何を伝えたいと思っていますか。
今井:学校講演は、香川県教育委員会からお声がけいただいています。カヌー競技の紹介もしますが、子供達には「個人競技のカヌー練習を通じて、自分自身を見つめ向き合うようになった。それが、生活の質を高め人生を豊かにし、広く周囲の人についても考えることにつながる。自分自身と向き合うことの大切さ」を話しています。
BG:自身と向き合い努力する今井さんを、地元のカヌー関係者や企業が応援し、2020年にはスマホゲーム「白猫プロジェクト」で有名な株式会社コロプラがアスリート社員として採用します。最近では、地元の坂出工業高校の機械科で、カヌー部に所属する生徒さん2名とそれを指導する先生も、練習器具の作製を支援したと聞きました。サポートの輪は、どのように広がったのですか。
今井:一言でいうのは難しいですが、「ご縁があった」と感じています。ただ一生懸命に競技に打ち込んでいたら「何かのつながり」でサポートが広がっていったような不思議な感じです。色々な方が様々な形でサポートしてくださることに感謝しています。
BG:今井さんがカヌーと出会って、色々な変化があったと思います。その中で、①自分自身のとらえ方の変化、②自然のとらえ方の変化、③人間のとらえ方の変化 この3つについてお話しください。
今井:まず、①自分自身のとらえ方は、以前と大きく変わりません。それでも、足を失って以降は、より自分を信頼するようになったかもしれません。
②自然のとらえ方は、自然の中で行うスポーツはカヌーが初めてでしたので、自然の前では人間は小さな存在であることを実感しました。同時に練習の中で水や風などとの一体感を感じ、自然とのより良い付き合い方を考えるようになりました。
③人間のとらえ方は、自身が障害者となって、以前はどのように障害者と接したら良いだろうと意識しましたが、普通に接すれば良いと思うようになりました。そして、人間は「言葉が大事」と講演でも話しています。
「人生は言葉と行動でできています」、言葉に出すことで、人との共鳴が生まれ、自分が言葉にしたことは行動するしかないので、その行動から仲間が増えるように思います。自分の考えをどのような言葉で表現し、その言葉をどのような行動で実現して行くかによって、自分の人生も自分を取り巻く環境も変わってくると思います。実際、私はカヌーを始めた直後に「東京パラリンピックを目指します」と言葉にしたことが、今につながっていると思います。当時は、ここまで辿り着けると思っていませんでしたが、敢えて言葉にしたことで形になりました。
BG:言葉にすると同時に義務や目標が課せられことになります。今井さんは言葉を実現することができましたが、もし実現できなかったとしても行動は無駄になりませんね。
今井:自分が願った結果が出ることは幸せですが、結果が出なかったら不幸ではありません。どちらにも幸せがあります。できてもできなくても、パワフルに言葉にして行動を続けて行けば良いと思っています。
BG:余計なことは口にしない、失敗は避けるという風潮がありますが、失敗しても行動してる時は楽しめる位に考えて良いかもしれませんね。
今井:講演の際、学校の先生から「失敗を恐れる子が多いので、失敗しても良いと言う話はありがたい」と感想を伺います。私は、そもそも「失敗はない」と思っています。失敗しても「失敗した」と言わなければ、失敗になりません。(笑)実際、それが失敗だったか分かりません。失敗だと思っていたことが、後で良い方向につながることも多いです。一つ一つの行動を失敗や成功と判断することがナンセンスだと思います。
BG:最後にパラリンピック東京大会への意気込みと、どんな所に注目して欲しいか、この記事を読むパドラーに向けて一言お願いします。
今井:パラリンピックには世界の強豪が集まります。私は同じクラスの参加選手の中では最高齢か2番目ですが、体格・パワーに優れる海外選手に、正確なパドリングで対抗します。パドラーは、パドリング時の体重移動に注目してください。パドルを水に入れるキャッチでは、体重が艇の前方に移動します。スロークの際は、パドルに体を寄せる感覚で徐々に体重が艇の後方に移動しますが、滑らかな体重移動で艇の無駄な上下動を抑えています。パワーとピッチを重視して漕ぐ選手もいますが、会場の「海の森水上競技場」は、コースの両側が防波堤と埋立地に囲まれた風波の影響が少ない水面なので、パドリング技術が活かされると思います。皆さんの応援よろしくお願いします。
BG:今井さんありがとうございました。9月2日(木)から始まる競技を楽しみにしています。
写真提供:株式会社コロプラ、香川県パラカヌー協会