スペシャル 夢をつなげ!B&Gアスリート
No.021:伊藤 有希選手(スキージャンプ女子 二度の冬季オリンピックに出場)北海道下川町の期待の星!
世界に挑み続ける女子スキージャンパー
2018.06.26 UP
世界に挑み続ける女子スキージャンパー
2018.06.26 UP
プロフィール | 伊藤 有希(いとう ゆうき) |
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スキージャンプ競技について
ジャンプ台と呼ばれる専用の急傾斜面を加速しながら滑り降りて(助走)、そのまま角度の付いた踏み切り台から空中に飛び出し、専用のスキー板と体を使ってバランスをとり、滑空する。その飛距離と姿勢の美しさ、「美しく、遠くへ跳ぶ」ことを競う競技。
後編:4年後の北京オリンピックを見据えて
- 下川町の自慢は何ですか。(食べ物でも自然でもなんでも) -
まずは、町民の皆さんが知り合いのように接してくれるところです。下川町は、年に2~3回、氷点下30度にもなって気温は低くて寒いんですけど、人は温かいんです。
あとは、いい意味ですごく田舎なので、都会のように誘惑もないですし、遊ぶ場所としては公園やスキー場なので、子供が伸び伸びと育つことができる環境じゃないかなって思います。
- 小さい頃、伊藤さんはどんな子供でしたか。 -
一日中外で遊ぶような、アクティブな子供でした。(笑)
男の子と遊ぶことが多かったので、外でキックベースをしたり、公園で鬼ごっこしたり。もちろん、女の子と遊ぶときは、普通におままごとをして遊んだりもしていましたけど、ほとんど外で遊んでいました。
アクティブな子供だった小学生時代(写真は小学6年生の頃)
競技人生の中で一番楽しかったといえるのは、小学校高学年の時期です。どんどん大きなジャンプ台に挑戦していた頃ですね。やっぱり台が大きくなるにつれて飛んでいる時間が長くなるので、自分が飛んでいるって思う時間が長くなるんですよね。その時期はほんとに楽しかったです。
- B&G海洋センターのプールを利用していた頃の思い出を教えてください。 -
小学生の頃は、夏になると友達と泳ぎに行ったり、スイミングスクールに通ったりしていました。その時期っていろんなスポーツを経験することがすごく大事だと思います。
低学年の頃、泳ぎを教えてもらったおかげで4泳法も一通り泳げますし、私にとっては、B&Gのプールでスイミングスクールに通ったことは、良い経験になったと思っています。
あと、スキージャンプのトレーニングでトライアスロン大会でも利用させていただきましたので、友達と泳ぎに行った楽しい思い出も、トレーニングした辛い思い出もあります。(笑)
- B&G財団が開催していた「沖縄海洋体験セミナー」にも参加されていたそうですね。 -
私が小学5年生の時、町で「全国から集まった子供たちが、沖縄でカヌーやシュノーケリング体験をして、自然体験を満喫しながら友達を作れる」という募集をしていたので、楽しそうだと思い応募しました。
そこで出会った友達とは、しばらく文通していましたし、全国に友達がたくさんできて、本当に楽しかったです。
下川町って幼稚園から高校まで全部1クラスしかないので、クラス替えが無いんですよ。学年が上がっても、ずっと同じ友達がクラスメイトなので、自分から新しい友達を作る経験が少ないんですよね。でも沖縄体験セミナーへ行ったことで、知らない人ばかりの中で友達を作ることができて、とても良い経験になりました。
沖縄の海を体験した伊藤選手(左から二番目)
全国の参加者と交流(右端、青ジャージ)
当時の感想(B&G財団公式サイトから)
- 伊藤さんが育った下川町。ジャンプを続けてきたことで、地元でこれからジャンプを始める子供たちに伝えたいことは何ですか。 -
まずは子供のときは、とにかくジャンプを心から楽しんで飛んでもらいたいなと思いますし、その先に自分の目標を見つけてジャンプに熱中できたらすごくいいなって思います。やっぱり目標持って、何かに取り組むことって、とても大事だと思いますから。
- これまでの人生で影響を受けた人物はどなたですか。 -
難しいですね。私は、本当に周りの方に恵まれてここまでこられたと思っています。私自身、監督のように神がかった運動神経を持っているわけでもないですし、強いメンタルを持っているわけでもありません。
でも、周りの方たちの支えがあって、自分の能力が何倍にも引き出されていると感じるんです。そういう意味では、今所属している会社、育てていただいた下川町、サポートしてくださっている人達、皆さんから影響を受けていると思っています。
- これまで支えてくれたすべての人たちへ一言お願いします。 -
まずは平昌オリンピックですね。寒い中、現地で応援してくださった方もいましたし、夜遅い中、テレビで応援してくださった方もいたので、ほんとに感謝の気持ちでいっぱいです。今回は感謝の気持ちを結果でお返しすることができなかったのですが、4年後の北京オリンピックでその恩を返せたらいいなと思いますし、オリンピックだけでなく、それまでの過程でも皆さんに喜んでもらえるような成績が出せればなと思っています。
- スキージャンプ以外にスポーツは何かしてきましたか。 -
スキージャンプの練習の中で、競技人生を長くするために球技をやったりもしました。でも、その球技が苦手で…。ちょっとどころじゃないです。全然できないんですよ。
一番苦手なのはバレーボール。サッカー。テニスもバドミントンも苦手です。いっぱいになっちゃいますね。(笑)
- オフのとき(競技のないとき) 何をしていますか。(趣味など具体的に、寝るとかありのままに) -
家事ですかね。今は弟と二人で暮らしています。じっとしてるのが苦手なタイプなので、家事をすればきれいになったり、ご飯ができたりするので達成感も味わえるじゃないですか。なので、逆にいい気分転換に使えてるんじゃないかなって、考えるようになりました。
得意料理はないですけど、でもなにせ家にいる期間が短いので、すぐ遠征、帰ってきて遠征みたいな感じなので。冷蔵庫にあるものを全部使い切ってから出発しなきゃいけないじゃないですか。なので、今あるもので何ができるかって考えるのが、結構好きですね。
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伊藤選手の手作り料理をご紹介!サラダを添えたバーガーのプレート
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おにぎりとおかずのプレート。ミニトマトも添えて
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かぼちゃの金時とかぼちゃのみたらし団子
- 最後に、平昌オリンピックを振り返った感想、今後の意気込みをお願いします。 -
スキージャンプのこれまでの競技人生の中で、この4年間は本当に平昌オリンピックだけを目指してやってきました。
間に合わせだったにしても、ある程度自分の中では、やるだけのことをやって臨んだつもりでした。それだけに、自分の実力不足で結果が出せなかったのはすごく残念でした。
初めてワールドカップで優勝したとき、それまでは勝ったことがなかったんで分かんなかったんですけど、私が優勝したことで周りの方たちがすごく喜んでくださったんですよね、私が思っていた以上に。なので、その周りの人達が喜んでくれる顔を見るのが、自分が優勝したっていう事実よりもすごくうれしくて。「また、皆が喜ぶ顔を見たいな」っていう気持ちをパワーに、また次に向かうことができて。もしかしたら私、このためにジャンプやっているのかもしれないなっていうふうに思った瞬間でもあったんです。
平昌オリンピックではぜひメダルを取って、今まで、それこそ先ほど言ったように、支えてくださっている方たちに喜んでもらいたいなっていう思いで臨んだんですけど。結果的に、それができずにすごく残念な気持ちではありました。でもやっぱりまだまだ自分にはやることがあって、それが足りなかったからメダルが取れなかったと思いますし。これからの4年間でまたそれを見つけてトレーニングして、もう一度4年後に臨みたいと思います。
- トレーニングでご多忙の中、取材をご快諾いただきありがとうございました!今後のさらなるご活躍を期待しています! -
(文:鈴木 慶)
伊藤選手ゆかりの
下川町B&G海洋センター(北海道 下川町)
海洋センター(プール)は下川町の中央部にあり、スポーツセンター、テニスコート、柔道場、弓道場、総合グラウンドに隣接しており、休日には、利用される方が多く見られます。