特集「東北の粘り腰」

 日本有数の豪雪地山形県O市で2日間「雪かき」をしたことがあります。雪を下ろしてもまたすぐに降り積もる「終わりの見えない作業」でしたが、地元の友人たちは粘り強く作業を続け、弱音を吐きませんでした。
 今回の特集は、「東北の粘り腰」をテーマに
1.明治の言論界を代表する硬骨のジャーナリスト 陸羯南(青森県弘前市)
2.親・子・孫 三代続く知の偉人 大槻三賢人(岩手県一関市)
3.南洋パラオ入植者から続く国際交流 北原尾に生きる人々(宮城県蔵王町)
4.粘り腰でリアリズム写真を追求した写真家 土門拳(山形県酒田市)
 の4作品をご紹介します。

  1. 陸羯南(くが かつなん)

    国民主義を唱えたジャーナリスト 陸羯南 くが かつなん

    青森県弘前市
    マンガ家:マンガ 仁山渓太郎、原案 櫛引洋一、監修 舘田勝弘
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    4.56
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    陸羯南(くが かつなん)は、幕末安政4年(1857年)陸奥国弘前在府町(現青森県弘前市在府町)に生まれ、官立宮城師範学校、司法省法学校に学び、青森新聞社や太政官文書局・内閣官報局編集課長などを経て、明治22年(1889年)大日本帝国憲法発布の日、新聞「日本」を創刊、硬骨のジャーナリストとして大きな足跡を残しました。また、正岡子規の文学活動を支援し、晩年闘病生活を送る子規を物心両面から支えました。

  2. 大槻玄沢・磐渓・文彦(おおつき げんたく・ばんけい・ふみひこ)

    親子孫三代の賢人 大槻玄沢・磐渓・文彦 おおつき げんたく・ばんけい・ふみひこ

    岩手県一関市
    マンガ家:そのだつくし
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    4.48
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    大槻玄沢(おおつき げんたく)は、江戸中期宝暦7年(1757年)陸奥国磐井郡中里(現岩手県一関市)に生まれ、「蘭学階梯」、「重訂解体新書」等を記しました。
    玄沢の子磐渓(ばんけい)は、江戸後期享和元年(1801年)に生まれ、奥羽越列藩同盟の結成に尽力しました。
    磐渓の子文彦(ふみひこ)は、江戸後期弘化4年(1847年)に生まれ、明治19年日本初の近代的国語辞書「言海」を完成させました。

  3. 高橋進太郎、村山格一郎(たかはし しんたろう、むらやま かくいちろう)

    南洋パラオと東北を繋ぐ開拓記 高橋進太郎、村山格一郎 たかはし しんたろう、むらやま かくいちろう

    宮城県蔵王町
    マンガ家:原作 松浦まどか、作画 朝戸ころも
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    4.50
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    宮城県蔵王町の北原尾(きたはらお)地区は、太平洋戦争後の1946年パラオからの引き揚げ者の入植地として開拓が始まりました。元南洋庁拓殖部長高橋進太郎さん、同部村山格一郎さん達の尽力と、32戸の入植者が努力した結果、酪農で成功しました。2001年パラオ共和国トミー・レメンゲサウ大統領の蔵王町訪問を機に、子どもたち相互の訪問事業、東京オリンピックパラオ選手団ホストタウンなどの国際交流が続いています。

  4. 土門拳(どもん けん)

    リアリズム写真の巨匠 土門拳 どもん けん

    山形県酒田市
    マンガ家:高橋美緒
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    4.63
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    土門拳さん(どもん けん)は、明治42年(1909年)山形県酒田町(現酒田市)に生まれ、「ヒロシマ」・「筑豊のこどもたち」等リアリズムにこだわった写真集や、「古寺巡礼」・「文楽」等日本の伝統文化を撮影した写真集で、日本の美と日本人の心を追及した写真家です。昭和58年(1983年)酒田市は土門作品約13万5千点の寄贈を受け、作品を収蔵 展示する日本初の写真専門美術館「土門拳記念館」を開館しました。