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の検索結果:3件
  1. 伊達邦成(だて くにしげ)

    北海道の開拓民となったお殿様 伊達邦成 だて くにしげ

    宮城県亘理町
    マンガ家:マンガ 学校法人菅原学園 専門学校デジタルアーツ仙台、監修 亘理伊達家文書調査研究会
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    伊達邦成(だて くにしげ)は、幕末天保12年(1841年)に生まれた仙台藩亘理伊達氏の領主で、戊辰戦争敗戦により領地を失い、明治3年(1870年)から全9回計約2,800人の家臣団を率いて北海道胆振国有珠郡(現伊達市)に入植しました。開拓地の耕作に馬を使う等農業の効率化を図り、仙台の工芸品生産技術や藍染め等の新しい産業を持ち込むなど、亘理伊達家の取り組みは、北海道開拓の優れた見本となりました。

  2. 支倉常長(はせくら つねなが)

    400年前、ローマ教皇に謁見 支倉常長 はせくら つねなが

    宮城県川崎町
    マンガ家:マンガ 「Haruka.」、監修 佐々木徹、シナリオ 粟野繁
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    支倉常長(はせくら つねなが)は、安土桃山時代元亀元年(1570年)出羽国立石村(現山形県米沢市)の支倉家に生まれ、8歳頃陸奥国支倉村(現宮城県川崎町)の支倉本家の養子となり、伊達政宗に仕えました。江戸時代前期慶長18年(1613年)政宗の命を受け、仙台藩が建造した西洋式帆船で太平洋を渡りメキシコ、さらに大西洋を渡りスペインに航海し、スペイン国王やローマ法王に謁見し貿易協定締結を目指しました。

  3. 高橋進太郎、村山格一郎(たかはし しんたろう、むらやま かくいちろう)

    南洋パラオと東北を繋ぐ開拓記 高橋進太郎、村山格一郎 たかはし しんたろう、むらやま かくいちろう

    宮城県蔵王町
    マンガ家:原作 松浦まどか、作画 朝戸ころも
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    4.60
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    宮城県蔵王町の北原尾(きたはらお)地区は、太平洋戦争後の1946年パラオからの引き揚げ者の入植地として開拓が始まりました。元南洋庁拓殖部長高橋進太郎さん、同部村山格一郎さん達の尽力と、32戸の入植者が努力した結果、酪農で成功しました。2001年パラオ共和国トミー・レメンゲサウ大統領の蔵王町訪問を機に、子どもたち相互の訪問事業、東京オリンピックパラオ選手団ホストタウンなどの国際交流が続いています。