【B&G職員リレートーク】小野田寛郎さんを想う


小野田寛郎さんを想う 映画『ONODA 一万夜を越えて』公開中

小野田寛郎さんを想う 映画『ONODA 一万夜を越えて』公開中

皆さん、こんにちは。事業部休眠預金事業チームの遠藤です。 
 
皆さんは、COVET-19のワクチン接種はお済みでしょうか。新型コロナの感染者数もだいぶ減ってきましたが、これから冬場にかけて季節的に増えることが予想されていますので、ワクチン接種していても、うがい手洗い三密回避を基本に十分ご留意してください。
 
 
さて、皆さんは小野田寛郎さんをご存じでしょうか。60代以上の方や平成20年度から実施した「B&G親と子のふれあいキャンプ」を担当した方は覚えていらっしゃると思います。小野田寛郎さんは、先の太平洋戦争中の1944年12月にフィリピン ルバング島に残置諜者及び遊撃指揮の任務のために派遣され、戦争終了後も任務解除の連絡がないため戦争は継続されていると思い、約30年間にわたりルバング島で任務を続けていた旧日本陸軍の少尉です。
 
 
小野田寛郎さんのフィリピン ルバング島での30年間を描いた映画が、去る10月8日から「ONODA 一万夜を超えて」という題名で公開されています。
公開後早速、映画を見に行きました。
 

 
1974年3月日本に帰国した小野田さんは、その翌年ブラジルに渡り、自分で原野を切り開いて牧場を作り、牛を放牧して牧場経営をされていました。
過酷な開拓を成し遂げ牧場経営も順調でしたが、「日本で子供が自分の親をバットで殴り殺す事件が起きた」というニュースを聞いて心を痛めた小野田さんは、日本に戻り1984年に小野田自然塾を設立し、青少年へ自然体験活動を通じた教育事業を始められました。
そのような活動をされていたので、B&G財団が実施した親子キャンプや指導者養成研修でもご指導いただくこととなりました。
 

平成19年度に実施した親子キャンプ指導者セミナーの集合写真 横断幕の下で持っているのはブラジルで小野田さんが捕まえたアナコンダ(蛇)の皮

平成19年度に実施した親子キャンプ指導者セミナーの集合写真
横断幕の下で持っているのはブラジルで小野田さんが捕まえたアナコンダ(蛇)の皮

私が小野田さんと直接話をする機会をいただいたのは、「B&G親と子のふれあいキャンプ」に関連して、福島県塙町にある「塙町自然塾キャンプ場」での研修会や全国の海洋センターやブロック・道府県連絡協議会が開催したキャンプに、小野田さんと数ヵ所ご同行した時です。
また、小野田さんには、B&G指導員研修会でもご講演いただきましたので、ルバング島での体験談などもお伺いすることができました。
 
 
私は、直接小野田さんから30年間のごく一部ながらお話を伺っていましたので、ジャングルでの任務を想像していました。しかし、映画とはいえ当時を描いた映像を見ると、如何に過酷な任務を継続しえたのか、その精神力や完遂能力は、当時を知らない世代である私の想像を超えたものでした。

 

小野田さんがルバング島での活動を著した著書

小野田さんがルバング島での活動を著した著書

今でも覚えているお話はいくつもありますが、映画に縫物をしている場面があります。それを見て思い出したのは、自分で針を作ったという話です。針を金属片から作るのに1日かがりであったこと、そして人間は一人では生活できないと感じたというお話です。「街中で生活していれば、針が必要なら裁縫店で、服なら服屋さんで簡単に購入することができるが、ジャングルの中ではそうはいかない。一つ一つを自分でつくらなければならない」ということでした。

 
 
また、煮炊きのために焚火をしている場面で思い出したのは、「焚火の跡を隠すのは簡単だが、木の枝葉に”煤”がつくので、下だけでなく上にも気を付けないと敵にここで潜んでいたことが分かってしまう」という話です。
ジャングルで敵を攪乱する場面では、如何に生き延びて敵を攪乱し続けるか、任務を完遂する小野田さんの意思の強さが思い起こされました。

 

小野田さんからいただいた手紙

小野田さんからいただいた手紙

私は、小野田さんと接し、色々と話をさせていただき、”すごい人” “すばらしい人”と心から敬愛しています。
その小野田寛郎さんは、平成26年(2014年) 1月に還らぬ人となりました。享年91歳。
お別れの会は、同年3月に靖国神社で行われました。
小野田さん ありがとうございました。
 
 

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企画部 企画課 遠藤 卓男

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