真相BGメン
主任教官が斬る!50年続く養成研修の核心
~地域を支える人材育成の最前線~
2025年12月17日
~地域を支える人材育成の最前線~ 2025年12月17日
B&G財団は、自治体職員や指定管理団体の担当者を対象に、全国の海洋センター・クラブで活躍する「センター・インストラクター」を養成するため、毎年1ヵ月以上の長期合宿研修を約50年間にわたり継続して実施している。
センター・インストラクター養成研修は、1976年の開始以来、これまでに4,200人を超える指導者を全国に送り出してきた。研修は単なる技術習得の場ではなく、現場の最前線に立つ指導者として、活動を安全に運営する力を育む場でもある。
ヨットの実技研修に取り組む研修生たち
研修では、カヌー、SUP、ヨット、水泳といった海洋性レクリエーションの技術をはじめ、安全管理、施設運営、地域連携など、指導者に求められる知識と技能を総合的に習得する。さらに、コミュニケーション力や調整力、「教える立場」に重点を置くプログラムを通じて、指導力を磨くとともに、地域づくりへの理解を深める。
参加者は仲間と寝食を共にし、実践的なトレーニングに取り組みながら将来の活動への意欲を高めていく。こうして研修を修了したセンター・インストラクターは、海洋センターを拠点に、自然体験活動などを通じて青少年の健全育成や地域住民の健康づくり、地域コミュニティの活性化を推進する中心的な役割を担っていく。
今回、センター・インストラクター養成研修の教官を務める事業部次長・鈴木昭正(以下、鈴木)に、養成研修の舞台裏と指導者に求められる資質について話を聞いた。
鈴木教官
技術よりも重要な「気づく力」
技術は時間をかければ身につく。しかし、安全を守る判断は、現場での経験を通してしか培われない。だからこそ研修では、あえて研修生自身が考えて判断する「気づきの場面」を重視している。鈴木が最初に強調したのは、そのための危機判断力の育成だ。
鈴木:例えば、カヌーやSUPの実習では、大海原の中で研修生一人ひとりが刻々と変わる風や波の状況を読み取り、仲間と声を掛け合いながら危険を察知する力が求められます。海の上では、教官がすべてを指示できるわけではありません。波や風の変化、研修生の疲労度など、現場は常に動いている。だからこそ、自分で状況をつかみ、自発的に行動できる指導者として自ら考え行動できるようになってほしい。
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出艇前に活動水域や注意すべき点を指導
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大海原を進むカヌー実技
こうした経験を通じて磨かれるのは、単なる技術では補いきれない「気づく力」。これは、現場での小さな変化や異変をいち早く察知し、事故を未然に防ぐための最も重要な視点であり、安全を守る指導者の根幹となる能力だ。
重視しているのは「人と向き合う力」
また、安全管理だけでなく、研修では「コミュニケーション力」と「チームワーク」も重視している。
鈴木:多少技術が高くても、厳しいだけの指導者には子どもはついてきません。逆に、技術が多少未熟でも、子どもが「この人と一緒なら大丈夫」と思える人は現場で強い。指導者は技術だけでなく、子どもの心に寄り添い、安心を支える存在でもあるんです。
そのため、班単位での活動や全体ミーティング、失敗の共有など、仲間を信頼し合う仕組みが研修には随所に組み込まれている。失敗を責めるのではなく、「どう防ぐか」を全員で考える姿勢こそが、この研修の大きな特徴だ。
鈴木:こうした積み重ねの中で生まれるのが、相談し合い助け合える仲間の絆です。指導者として現場に立つと、責任の重さや悩みも増えますが、そうした時に支えてくれるのは、何よりも寝食を共にし、切磋琢磨してきた「同期」の仲間たちです。
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海上で休息をとる研修生たち
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修了式で帽子を一斉に投げる研修生たち
厳しさの中で磨かれる指導者の資質
研修は安全面に細心の注意を払って厳格に実施されている。教官は夜明け前から水温や風向、風速、潮汐、天候の変化予測を確認し、常に最悪の事態を想定して準備を進める。
また、活動中は大型船の航路や定期船の出入港時間、近隣の漁船の動きにまで細心の注意を払う。事故は決して単一の原因で起きるものではなく、わずかな油断や見落としの積み重ねが重大な事態を招く。
天気を観察する習慣、声をかけ合う習慣、そして確認を怠らない習慣。こうした日々の積み重ねこそが、子どもたちの尊い命を守り抜く力へとつながっていく。
指導者を育成する立場にある鈴木にも葛藤はある。
鈴木:命を守るためには、時に厳しい言葉をかけることも避けられません。それも指導者にとって重要な責任の一つだと強く感じています。
行動や判断が遅れた研修生に対しては、あえて動きを止めて全体の前で指摘することもある。研修期間は長いようで短い。毎日厳しい緊張感のなかで技術や判断力が磨かれ、指導者としての資質が少しずつ備わっていく。
沈(転覆)した艇に再乗艇する訓練
研修のゴールとは何か
鈴木は迷わず答えた。
鈴木:資格を取ることがゴールではありません。子どもたちの安全を守り抜くことこそ、何より大切です。資格取得はあくまでスタートであり、指導者としての道はその先に続いています。技術が高いだけでは、子どもはついてきません。人として信頼される指導者になってほしい。それがこの研修の本当のゴールです。
海は楽しい一方で、危険も伴う。その両面を理解したうえで、子どもや地域の人が笑顔で過ごせる活動を成立させることが、指導者の役割だ。
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研修の一環として行われる指導実習
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指導実習に臨む研修生
全国の海洋センター・クラブで行われている自然体験や海洋性レクリエーション活動の裏には、地域の安全を支える指導者の存在がある。そして、その指導者を育てるのが、センター・インストラクター養成研修だ。
教官たちの厳しさの裏には、子どもたちの笑顔と、地域を支える力を次の世代に残したいという強い思いが込められている。海の楽しさも危険も、そして命の重さを伝えるこの研修から、地域を守り、地域に愛される新たな指導者が巣立っていく。