連載企画

注目の人:全国の海洋センター・クラブで活躍する方や、スポーツ選手など、B&G財団が注目する人にインタビューをしています。

No. 104

いつまでも、力いっぱいカヌーを漕ぎ続けたい!

2014.10.08 UP

~同じ海洋センターの水面から世界に羽ばたいた2人のカヌー選手~

琵琶湖と水路でつながる、滋賀県近江八幡市の小さな湖、西の湖。その湖畔に建設された近江八幡市安土B&G海洋センター艇庫は、一般住民を対象にしたカヌーの普及に利用されているほか、複数の地元高校カヌー部が合同で練習の拠点にしており、今日までに3人の日本代表選手を輩出しています。
その2人、八日市南高校から立命館大学を経て、社会人となった現在も世界の舞台に立ち続けている小梶孝行選手と、八幡商業高校時代から世界に挑み、現在は同志社大学に進んでインカレ制覇をめざしている坂田 真選手にお会いすることができましたので、これまでの振り返りや今後の抱負などについて語っていただきました。
※第1~2話:小梶選手 第3~4話:坂田選手 第5話:地元のカヌー指導者 饗塲忠佳氏の順で、ご紹介していきます。

プロフィール
● 近江八幡市安土B&G海洋センター

平成8年(1996年)開設。水路で琵琶湖に隣接する西の湖の湖畔に艇庫を設け、一般利用に加えて周辺地域の複数の高校カヌー部が練習拠点に活用。これまでに3人の日本代表選手が育っている(今回取材の小梶、坂田両選手。ならびに現在、日本体育大学在学中の中村由萌選手)。また、西の湖周辺のヨシ路は水郷めぐりの名勝として琵琶湖八景の一つに数えられており、カヌーツーリングやキャンプが楽しめる。

● 饗場 忠佳(あいば ただよし)第5~6話

昭和33年(1958年)生まれ、滋賀県出身。滋賀県立長浜農業高校時代にボート競技(ナックルフォア)でインターハイ優勝、国体準優勝。その後、同校で13年間教鞭を執り、ボート部顧問として教え子をインターハイや国体の優勝に導く。平成7年、県立八日市南高校に異動してからはカヌー部の設立に尽力し、近江八幡市安土B&G海洋センターを練習拠点に他校を含む地域指導者として活躍。これまでに、小梶選手や坂田選手など多くの優れたカヌー選手を育てている。

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第6話(最終話)世界中の仲間を地元に招きたい!(饗場 監督 後編)

水や風が教えてくれるもの

海洋センターの敷地で出艇の準備に励む大津高校カヌー部の生徒たち。饗場さんは自身が監督を務める八日市南高校に加え、ここで練習に励む他校の部員も指導しています

 平成7年、赴任したばかりの八日市南高校でカヌー部を作り、4、5人の部員を集めて近くの貯水池で練習を始めた饗場さん。幸いなことに、翌平成8年には地元の西の湖に近江八幡市安土B&G海洋センター艇庫が開設したため、練習拠点を移して充実した活動を展開していくことができました。

 「海洋センターができたおかげで、立派な艇庫や専用のポンツーンが使えるようになり、とても恵まれた環境のなかで生徒を指導できるようになりました」

 部活を始めて1年後に海洋センターができたことは、夢のような出来事だったと振り返る饗場さん。少ない部員で始めた活動の輪は年を追うごとに拡大し、やがて近隣の八幡商業高校や大津高校にも同好会や部ができて同じ水面で合同練習を開始。饗場さんは八日市南高校の監督を務めつつ、滋賀県カヌー連盟の指導者として各校の活動を支えていきました。

 「当初は勉強のために他県の練習水面を見学して歩き、50人ぐらいの選手が練習しているところに行った際はとてもうらやましく思いましたが、いまや私たちの地元でも3校合わせて60人を超えるカヌー部員が海洋センターの艇庫を拠点に練習するようになりました」

海洋センターのロビーに、ここを練習拠点にしている昨年度の日本代表選手(小梶、中村両選手)、ならびに日本代表チームのコーチを務める饗場さんの任命証書が貼られていました

 前回で紹介したように、カヌー部を作った頃は饗場さん自身も初心者だったため、生徒と一緒になって手探りで練習を進めていきましたが、そのなかで得たものは大きかったと語ります。

 「なぜ沈をするのか、なぜ速く進むことができないのか、私も生徒も初心者なりにいろいろ悩みながら練習を進めたことで、カヌーの原点のようなものが見えるようになっていきました。水や風を知らなければカヌーは思ったとおりに進みません。『こうしろ、ああしろ』といった技術的な指導も必要ですが、結局のところ水や風から答えをもらうのです」

 いくら口で理屈を説明しても、水面でのバランス感覚は養えないと語る饗場さん。初心者が沈をするのは当たり前のことであり、焦らずに水や風と向き合いながら経験を積んでいくことが大切であると指摘します。いまでも饗場さんは、沈をする生徒に「湖が『またおいで』と言ってくれているよ。だからまた出ていこう」と言いながら背中を押すそうです。

努力は必ず報われる

ボートの日本代表選手としてイタリア合宿に参加したときの饗場さん(先頭)。屋内の施設を使って科学的な練習を行いました

 海洋センターを拠点に3つの高校が合同で練習に励むようになると、やがて平成17年には大津高校の下坂理想選手が日本代表としてジュニア世界選手権大会に出場。その後、小梶選手や坂田選手、そして取材時にジュニア世界選手権に出場していた中村由萌選手(八日市南高校)が次々に日本代表に選抜されていきました。

 また、平成25年には饗場さん自身が日本代表コーチとしてドイツの世界選手権大会に帯同。そこで、日本人選手が世界で十分に通用することを確信しました。

 「私は、学生時代に日本代表のボート選手としてイタリア合宿に参加したことがありましたが、イタリアのコーチは日本の選手をまったく相手にしてくれませんでした。あまりにもヨーロッパとレベルが違い過ぎたのです。しかし昨年、ドイツに行ったときは各国のコーチが私たちに関心を持って接してくれたので、カヌーなら世界で戦える感触を得ることができました。また、ボートの国際大会は全種目で2000mのコースを使いますが、カヌーには200m、500m、1000mといろいろなコース設定があるので、得意な距離で勝負することができます」

 同じ話を坂田選手も語っていましたが、その際、「外国勢との体格差を埋めるために、筋力アップや技術を磨く努力が必要である」とも述べていました。饗場さんも、世界で戦えるかどうかは選手個人の努力に掛かっていると指摘します。

 「最初に述べたように、カヌーは練習の積み重ねが正直に表れるスポーツです。ですから、頑張って努力する生徒はいつか必ず伸びますし、運動能力が高くて最初から良いタイムで漕ぐことができた生徒でも、いい加減に練習していたら壁に当たってタイムが伸びなくなってしまいます」

 あまり速くなかった生徒が練習を続けた結果、ある日を境にグッとタイムが良くなることがあるそうです。そんなときに饗場さんは、『やりおったな!』と心の奥で喜ぶそうです。

 「優秀な選手が大会で優勝したり日本代表に選ばれたりしたときの何倍もうれしいですね。この生徒は、自分の壁を乗り越えて成長したわけです」

湖の環境に感謝

 カヌーに乗ることや湖に出て水と触れ合うことに楽しさを見出さなければ、辛い練習は続かないと、饗場さんは指摘します。そのこともあって、各校のカヌー部員は、冬になると地域の人たちと一緒になって湖の岸辺に生い茂った葦を刈る作業に励みます。いつもカヌーに乗っている水辺の手入れをしながら、湖でカヌーに乗ることができるありがたさを知ることができるからです。

 「西の湖は夕日がきれいなことで有名です。私も、湖面に沈む夕日に何度癒されたことでしょう。生徒たちも、ただ単に速く漕ぐ練習だけでなく、美しい景色のなかで漕ぎながらカヌーを好きになり、郷里の湖の環境を守りたい気持ちが芽生えます」

 いろいろな意味で、最高の場所に海洋センターの艇庫が開設されたと振り返る饗場さん。 将来は、この湖で全国各地の海洋センター・クラブの仲間を集めた大会をはじめ、国際大会も誘致して世界のカヌー仲間と交流を深めたいと夢を膨らませていました。(※完了)

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西の湖に出ていくカヌー体験教室の参加者を見守る饗場さん。部活の指導に加え、一般人を対象にした普及活動にも力を入れています

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取材時に撮った小梶、坂田両選手とのショット。2人の力を借りながら国際大会も誘致したいと、饗場さんは大きな夢を語っていました