連載企画

注目の人:全国の海洋センター・クラブで活躍する方や、スポーツ選手など、B&G財団が注目する人にインタビューをしています。

No. 92

悔しさを乗り越えたら、必ず喜びがやってくる!


2013.09.25 UP

子供の頃、海洋センターで練習を重ねた、競泳のオリンピックメダリスト、星 奈津美さん

現在、たくさんの子供たちが各地域の海洋センターで水泳の練習を続けており、先日、東京辰巳国際水泳場で開催したB&G全国ジュニア水泳競技大会では、24道県から461人の選手が参加して賑わいました。
昨年のロンドンオリンピック女子200mバタフライで銅メダルに輝いた星 奈津美さんも、幼い頃には地元の埼玉県松伏町B&G海洋センターで水泳の練習に励んでおり、高校3年生になって北京オリンピックに出場。その際、思うように実力を発揮できなかった苦い経験を乗り越え、ついに4年後のロンドンで表彰台に立ちました。
「表彰式でかけてもらったメダルの重さに、思わず感激しました」と振り返る星さん。今年8月には思い出の海洋センターで子供たちの水泳教室を開催し、交流を深めてくれました。その際、これまでの道のりについてお話いただいたので、ご紹介いたします。

プロフィール
● 星 奈津美(ほし なつみ)さん

平成2年(1990年)生まれ。埼玉県越谷市出身。1歳半で水泳を始め、小学生の頃はスイミングクラブや地元の松伏町B&G海洋センターで練習に励む。春日部共栄高校時代に頭角を表し、200mバタフライでインターハイ2連覇を達成するほか、北京オリンピックに出場して10位の成績を収める。その後、2010年アジア大会2位、2011年世界選手権大会4位の成績を経て、2012年ロンドンオリンピックで銅メダルを獲得。現:スウィン大教所属。200mバタフライ日本記録保持者。

● 松伏町B&G海洋センター(埼玉県)

昭和63年(1989年)開設。上屋付きプール、体育館で構成。中央公民館と併設されるほか、野球場などを備えた松伏記念公園や多目的競技場を備えた松伏総合公園などが隣接しており、充実したスポーツ・レクリエーション環境が整えられている。

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第4話(最終話)大きな夢を追いかけよう

0.01秒差の試練

 高地トレーニングに励んだ後、2011年度競泳国際大会代表選考会200mバタフライで日本新記録を樹立した星さん。続く上海の世界選手権大会では、その記録を更に更新して4位に入りました。

 「日本記録を更新できたとはいえ、世界選手権大会では3位との差が0.01秒しかなかったので、とても悔しい思いをしました」

 ほんの瞬間で表彰台に立つかどうかが決まってしまう国際舞台の厳しさをかみしめることができたと振り返る星さん。この苦い経験をバネに練習に励んだ結果、年が明けた2012年の日本水泳選手権大会では、同じ200mバラフライで一気に日本記録を1.22秒も縮める、すばらしい泳ぎを見せてくれました。

 「日本記録の自己ベストを1.22秒も縮めることができたときは、『ジュニア選手のようなタイムの縮め方だ!?』と周囲から言われました。また、そのタイムが前年の世界選手権大会の優勝タイムを上回っていたので、マスコミからオリンピックの抱負を盛んに聞かれるようになって、ちょっと戸惑うこともありました」

ロンドンの思い出

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ロンドンオリンピックの晴れ舞台に立った星さん。日本記録を1.22秒も縮めてチームジャパンに選ばれました(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 2012年の日本選手権大会で圧倒的な速さを示した星さん。この活躍によってロンドンオリンピック女子200mバタフライの日本代表に選出され、その後、チームジャパンが結成されると合宿練習に参加してコンディションを整えていきました。

 「オリンピック本番までに3回ほどの合宿が組まれましたが、最初に集まったときは名前や顔を知っていても話したことがない選手も少なくありませんでした。でも、一緒に練習を重ねるうちにお互いのことを知るようになり、チームのなかに仲間意識が芽生えていきました」

 北京オリンピックのときは、チームジャパンのなかでただ1人の高校生だった星さん。年上の選手しかいない環境のなかで心細い思いもしたそうですが、さすがにロンドン大会のときには同年輩の選手も複数いてリラックスできました。

 「3回の合宿を通じて選手同士が皆、仲良くなっていき、ロンドンに入った頃にはチーム全体が家族のように打ち解けあっていました。選手村での生活もエンジョイすることができ、振り返ればロンドン大会はチームの皆と過ごした楽しい思い出ばかりです」

勝負の駆け引き

 ロンドンオリンピックの本番が始まると、そんな家族のような仲間たちが次々にメダルを獲得。仲間の活躍を喜びながら、競技期間の中盤に出番を控えていた星さんのモチベーションもどんどん高まっていきました。

 「競技初日に、いきなり荻野選手(400m個人メドレー)がメダルを取ったことで、チームが大いに盛り上がり、後に続く選手が連鎖的にメダルを取っていきました。ですから、その勢いを自分のところで止めてはいけないというプレッシャーもありましたが、むしろ皆に続いて自分も取るんだという気持ちの高まりがありました」

 初日から連鎖的にメダルを取ったことで、「このチームは強いぞ!」という確信を持ち、だから自分も続くんだという気持ちが生まれた星さん。しかし、いくら良いタイムを出した経験があっても、本番に実力を発揮しなければ良い結果は得られません。世界選手権大会で表彰台を逃した苦い経験を持つ星さんには、そんな勝負の難しさがよく分かっていました。

 「ここ数年、200mでは国内に競合する選手がいなくて、いつも私は他の選手の波の影響を受けにくい先頭を泳ぐことができました。こうした事情も手伝って、日本記録を次々に更新できたのだと思います。ところが、国際大会になるとパワーのある外国人選手が最初から飛ばしていくケースがよくあります。そうなると後半に追い上げるタイプの私は、レースの前半に相手選手の波を受けやすくなってしまいます。私にとっては、このギャップをどのように詰めるかが国際舞台での闘いでした」

 追い上げ型の選手が、相手につられて最初から飛ばしたら必要以上に体力を消耗してしまいます。かといって、マイペースのままレースを進めたら相手を追い抜くチャンスを逃してしまいます。ですから、気持ちをコントロールして最適な場面で勝負に出る、自分自身とのメンタル的な駆け引きも大切になるそうです。

最後の力泳

 ロンドンオリンピックが始まって、毎日のようにメダルを獲得した日本の水泳陣。いよいよ大会中盤に入って女子200mバタフライの戦いがやってきました。前年の世界選手権大会の優勝タイムを超えて日本新記録を打ち立てていた星さんは、他の有力選手とともに金メダル候補として注目され、決勝レースを迎えると先頭集団のなかで激しい順位争いを繰り広げました。

 「予想していたとおり、最初から飛ばす選手の後を追う展開になり、追い上げ型の私はジッと堪えながらラストの50mでスパートをかけることに気持ちを集中しました。ところが、最終ターンをした時点で考えていたより接戦になったため、『これではいけない、もうひとふんばりして力を出さねば』と思い、自分で自分を叱咤激励する言葉が何かないか考えました」

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見事、女子200mバタフライで銅メダルを獲得! 表彰台で、その重さを実感することができました

 そこで頭に浮かんだのは、大好きな「嵐」のメンバーたちの姿でした。星さんは、「メダルを取ったら、きっと嵐に会える!」と自分で自分に言い聞かせながら最後の力を振り絞りしぼってゴール。振り向きざまに電光掲示板を見て3位に入ったことを知りました。

 「3位に入ったことを喜びながら、私のところでチームジャパンのメダル獲得が途切れずに済んだので、思わずホットしました。しかし、選手なら誰でもそうですが、できれば金メダルを取りたかったという思いも胸をよぎりました」

 プールから上がってインタビューが始まると、銅メダルを取ったうれしさとともに、金メダルを逃した悔しさも湧いてきたと振り返る星さん。しかし、表彰式が始まって自分の名前が会場にコールされ、銅メダルを首にかけてもらった瞬間、『銅メダルって、こんなに重いんだ』と思いながら、これまでに経験したことのない感動が身体の芯からこみ上げました。

海洋センターとの再会

 それから1年、ひさしぶりに子供の頃、泳いだ海洋センターのプールを訪れた星さん。県内から集まったたくさんのジュニアスイマーが、星さんから直々に水泳を教えてもらうことになりました。

 「星さんは、皆さんと同じ歳の頃、このプールで練習をしながら大きな夢を描いていきました。人間、夢を持って努力すれば、たいていのことは成し遂げられます。水泳に限らず、ぜひいろいろなことにチャレンジしてもらいたいと思います」

 水泳教室の前に、そう語って挨拶に立った松伏町の会田 重雄 町長。集まった子供たちと一緒に泳いだ星さんは、「自分が小さい頃に泳いだプールに、このようなかたちで戻ってくることができてとてもうれしいです」と感想を述べたうえで、「私は子供の頃から水泳が好きだったので、たとえ良い成績が出なくてもどんどん大会に出て経験を重ねていきました。だから、皆さんも水泳が好きならたくさん大会に出て大きな夢を追いかけてほしいと思います」と、集まった子供たちを励ましてくれました。

 もしかしたら、この日、海洋センターに来て大きな夢を抱いた子が、2020年に東京オリンピックで大きな花を咲かせるかも知れません。(※完了)

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海洋センターで行われた「星 奈津美 水泳教室」で、サイン会を開いてくれた星さん。このなかから、将来のオリンピックメダリストが誕生するかも知れません

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今回の水泳教室を後押ししてくださった、左から松伏町の御処野 紀夫 教育長、ならびに会田 重雄 町長。右端は子供の頃から星さんを支えてくれた母の真奈美さんです