連載企画

注目の人:全国の海洋センター・クラブで活躍する方や、スポーツ選手など、B&G財団が注目する人にインタビューをしています。

No. 85

町の活性化に励む、センター育成士出身の若き町長


2013.02.27 UP

~45歳のフレッシュリーダー、北海道鷹栖町の谷 寿男町長~

昨年11月、現職では青森県南部町の工藤町長に続いて2人目となる、センター育成士出身の町長が誕生しました。北海道鷹栖町の谷 寿男町長がその人で、45歳という若さで人口7400人の町政を担います。
谷町長は、地元の高校を卒業後、昭和60年(1985年)に鷹栖町役場に就職。2年後にセンター育成士の資格を取って、6年間、鷹栖町B&G海洋センターに勤務し、その後も、ボランティアで海洋クラブや各種スポーツ少年団の指導に力を注ぎました。
「海洋センターを核に、スポーツや健康づくりで地域コミュニティーを広げたい」と語る谷町長。長年にわたって町のスポーツ行政に携わった宝田庄十郎教育長にも同席いただいて、海洋センター・クラブが歩んできたこれまでの道のりや、今後の抱負などをお聞きしました。

プロフィール
●谷 寿男 町長

昭和42年1月生まれ、北海道鷹栖町出身。昭和60年4月、地元鷹栖高校卒業後、鷹栖町役場に就職。農政課、教育委員会、自治広報課、福祉課、企画課などを経て、平成22年4月に議会事務局長。平成24年6月に退職後、同10月の町長選に立候補し初当選。教育委員会時代に第18期センター育成士訓練課程を修了し、6年間、鷹栖町B&G海洋センターに勤務した。

●鷹栖町B&G海洋センター

昭和57年(1982年)開設(体育館、上屋付きプール)。水泳をはじめ各種スポーツ少年団の拠点として利用されており、平成16年にはプールの上屋シート全面張替え、缶体塗装などの修繕を実施している。
また、艇庫がないものの、昭和55年(1980年)に設立されたB&G鷹栖海洋クラブでは、海や川に移動してカヌーやローボートの活動に励んでいる。

画像

第4話(最終話)皆でつくる理想の故郷

ボランティアで学んだこと

画像

養護学校のボランティアに励む谷町長。子どもたちから教えられることも多いそうです


 クロスカントリーを通じて大きく成長したA君の姿を通じて、人づくりの大切さを知った谷町長。海洋センターから他の部署に異動した後も、PTA役員や公民館の運営、郷土文化の保存運動など、さまざまなボランティア活動を通じて地域の人たちと触れ合っていきました。

 「ボランティア活動で養護学校の餅つきを手伝った際、私の背後からツバをかける子がいましたが、次の年に行ってみると、その子はまったくツバをかけませんでした。そこで学校の人に聞いてみると、ようやく言葉を持つことができたのだと教えてくれました。

 つまり、前年は言葉が使えなかったので、懸命にツバをかけて私に挨拶していたのでした。その事情を知らなければ、なぜツバをかけるのだろうと思ってしまいますが、その人なりのコミュニケーション方法があるわけです。やっと言葉を持つことができた子から、私は大切なことを学ぶことができました。

 また、いつも1人で教室の隅にいる子がいましたが、キャンプに連れていくと皆と一緒におにぎりづくりに加わりました。引率の先生はとても驚きましたが、本人に聞いてみると、皆が楽しそうだから一緒にしたいと思ったそうです。

 いつも1人でいる子だから、おにぎりも作らないだろうと思いがちですが、キャンプという普段とは違った環境になれば、皆と一緒に共同作業ができることもあるわけです。大人が考える以上に子どもたちがいろいろな引き出しを持っていることを知りました」

 子どもに教えられることはたくさんあると語る谷町長。ボランティア活動に励むと、心がやさしくなって、さわやかな気持ちになるそうです。

海洋センター利用者の応援

 多くの人と交流を深めていた谷町長に転機が訪れたのは昨年のことでした。海洋センター勤務の経験を持つ山原 稔さんが後援会会長を買って出て、谷町長を町長選挙に推したのです。このとき、谷町長は45歳。新たな時代を担う若きリーダーとして注目されました。

 「現代は人のつながりが薄い社会だと言われますが、住民同士が信頼関係を築くなかで人づくりに励んでいきたいと思いました。子どもたちがすくすくと育ち、開基120年を迎えた町のお年寄りが安心して暮らす故郷。その理想に向かって選挙を戦いました」

 出馬した谷町長に大きな意気込みを感じたと振り返る宝田教育長。選挙戦が始まると、うれしいことに海洋センター・クラブを利用したことのある人たちが、こぞって応援してくれました。

 「かつて私が指導した子どもたちが30歳ぐらいになっていて、『海洋センターでお世話になったので応援したい、一緒にまちづくりをしたい』と言ってくれました。私も45歳ですから、彼らとは比較的近い年齢です。お互いに話しやすい雰囲気のなかで同じ目標に向かうことができました」

画像

45歳の若さで町長選に出馬。海洋センター・クラブを利用したことのある人たちが応援してくれました

画像

多くの人がスポーツを楽しむ海洋センターは、地域コミュニティーの場として機能しています

新しい夢づくり

画像

町内に広がる水田。北海道産のお米「ゆめぴりか」が高い評価を得るようになりました

 海洋センター利用者や指導者OBなどに支えられながら選挙を戦い、見事に当選した谷町長。さっそく、これまで年1回だった地域懇談会を2回に増やして、より多くの声に耳を傾けました。

 「住民の意見を集める地域懇談会も、年1回では儀式化していく恐れがあります。春に要望を聞いて応えたら、それが秋にどうなっているか確かめることが大切です。その繰り返しによって、皆さんから預かる税金も効率良く使えるようになっていきます。ですから、「あの地区の修繕事業が急を要するので、今回は待ってほしい」と、別の地区の要望を次に回すこともあります。その説得ができるかどうかは、まさに信頼関係の構築に掛かっています」

 こうした理想を叶えていくためには、役場からのアプローチもさることながら、地域の事情を住民同士で理解し合うコミュニティーの場も必要です。海洋センターは、まさに住民同士が声を掛け合う1つの拠点として機能していきます。

 「私たちの町でも作っている、北海道産のお米『ゆめぴりか』が高い評価を得るようになりました。農業が活性化して若い人たちが町に定着し、自信をもっておいしいお米を作ってくれたらうれしいかぎりです。そのためにも地域コミュニティーの場が必要です。海洋センターで皆が一緒にスポーツを楽しむことで、人の輪が広がっていくことでしょう」

 当選後、谷町長は60歳で定年を迎えようとしていた宝田教育長に声を掛け、教育行政を委ねました。「教育長の仕事はたくさんありますが、時間を割いて海洋クラブの世話もしたい」と意欲を語る宝田教育長。二人三脚の活躍は、いつまでも続いていくことでしょう。(※完)

画像

子どもたちにカヌーを指導する宝田教育長。30年以上にわたって海洋クラブの活動を支えてきました

画像

町長、教育長という重責を担った、B&G指導員のお二人。二人三脚の活躍はこれからも続きます