連載企画

注目の人:全国の海洋センター・クラブで活躍する方や、スポーツ選手など、B&G財団が注目する人にインタビューをしています。

No. 86

自然と共生しながら、心豊かに暮らせる町をつくりたい


2013.03.27 UP

里海創生基本計画によって地域の再生をめざす、三重県志摩市の取り組み

リアス式海岸の美しい海が広がる三重県の志摩半島。海の利息で生計を立てると言われる海女漁をはじめ、ここでは昔から住民が海や山と共生しながら豊かな自然の恵みを手にしてきました。
ところが、高度経済成長期を経て人と自然の共生バランスが崩壊。漁業や真珠の養殖業などが衰退の一途を辿ってしまいました。
そんな時代の流れを垣間見て育った志摩市の大口秀和市長。これからの地域社会は昔のように自然との共生をめざすべきだと考え、一昨年に「志摩市里海創生基本計画」を策定。里山と同じ発想で沿岸域の自然を守りながら、地域の暮らしを豊かにしていくビジョンを打ち出しました。
「地域を深く学び、そして未来への創造に向かいます」と意欲を示す大口市長。これから志摩市がめざしていく、新しいふるさとの姿について語っていただきました。

プロフィール
●大口 秀和 市長

昭和26年(1951年)生まれ、旧志摩町出身。三重県立水産高等学校卒業後、水産業を営む傍ら、昭和63年、旧志摩町議会議員に当選。平成11年からは旧志摩町町長(2期)。平成16年に周辺5町が合併して志摩市が誕生すると、同市会議員を経て平成20年から市長(現在2期目)。B&G助成事業審査委員、B&G海洋センター・クラブ中部ブロック会長などを歴任。

●志摩市志摩B&G海洋センター

昭和62年開設(プール・体育館)。多目的グラウンド、テニスコート、ゲートボール場などの志摩市志摩総合スポーツ公園に隣接し、地域スポーツクラブの拠点になっている。

●志摩市浜島B&G海洋センター

平成3年開設(上屋付温水プール、体育館)。英虞湾を目前にした場所に位置し、三重県水産研究所、三重県栽培漁業センターに隣接。潮風が薫る自然に恵まれた環境にある。

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第4話(最終回)子どもたちに託す明るい未来

子どもたちを海に連れ出したい

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志摩市で開いた中部ブロック交流会で、海に出て遊ぶ子どもたち。里海構想のもとで多くの子どもたちが海と接するようになってきました


 里海の発想をもとに、漁業や農業、教育事業などで新たな取り組みをはじめた志摩市。こうしたなかで、大口市長は明日を担う子どもたちにも注目しています。

 「私が子どもの頃といえば、朝から夕暮れ時まで海に出て遊んでいたものです。ですから、プールで泳ぎを覚えて体を鍛えるのも良いのですが、海の資源に支えられてきた志摩市なのですから、子どもたちにはもっと海に親しくなってもらいたいと考えています」

 防波堤ができるたびに海と陸が遮断され、子どもたちも海から遠のいてしまってきたと語る大口市長。水際から離れてしまった子どもたちの心を、ふたたび取り戻したいと願っているそうです。

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カヌーで無人島をめざす子どもたち。内海で波の立ちにくい英虞湾はカヌーに最適なゲレンデです

 「故郷の隆盛を支えてきた海のありがたさを忘れてはいけません。特に、海に出る機会が少なくなってしまった地元の子どもたちには、私たちが子どもの頃に遊んだように海に出て海の恩恵を肌で感じてもらいたいと思います」

 いま、大口市長はタイドプール(潮溜まり)マップの作成を考えているそうです。このマップを参考に幼児が潮溜まりで水遊びを楽しみ、やがて腰まで入って泳ぎを覚え、小学校に上がる頃には皆で沖の小島まで泳いで遊びます。

 もしこの構想が実れば、地元の子どもたちは、ごく自然に故郷の海の大切さを学んでいくことでしょう。

鍵を握る海洋センター

 「アサリの放流を子どもたちに見せると、目がキラキラと輝きます。学校では学べない新しい発見があるからだと思います。とにかく、子どもたちが海に触れると、いろいろなものに目を向けます。先日も、海に連れていった子が海藻のなかから小さな生き物を見つけて興奮しました。地元の海女さんも見たことがない生き物だというので、私たち大人も関心を寄せて鳥羽水族館に行って見てもらったところ、ゼブラカニの子どもであることが分かり、残念ながら新種の発見には至りませんでした」

 昔の子どもたちは、こうして自然と触れ合いながら想像力を養ったものだと指摘する大口市長。同じことを現在の子どもたちに体験してもらうための拠点として、市内に2カ所ある海洋センターに大きな期待を寄せています。

 「すでに、志摩市ではB&G財団のさまざまなプログラムを活用させていただいており、海洋センターを拠点に海の教育を進めていきたいと思っています。英虞湾内の海は穏やかで島や入江がたくさんあるので、特にシーカヤックでいろいろな企画が立てられます。

 先日、熊野市の市長さんとお会いしたときは、『熊野から鳥羽に出て水軍の武将になった九鬼嘉隆にちなみ、同じ海の道をシーカヤックで走破する"出世街道レース"を企画しませんか』とお話ししました。これがもし実現したら、たくさんのメディアに報道してもらってB&G広報大賞を狙いたいですね(笑)」

 故郷の海で遊ぶことはとても大事であると語る大口市長。自らもシーカヤックを購入しており、現在、自宅から市役所まで海を漕いで通うことを検討しているそうです。

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英虞湾の生き物調査に励む、地元水産高校の皆さん。里海創生を合言葉に多くの人たちが地域の環境に目を配るようになりました

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女子バレーボール・ロンドンオリンピック日本代表に選ばれた、岡山シーガルズの山口舞選手は志摩市の出身です。一昨年には、志摩市浜島B&G海洋センターで子どもたちを指導してくれました

備えあれば憂いなし

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昨年、海洋センターで学校の先生方を対象にした着用や浮遊体験の『防災研修会』を実施。配布したライフジャケットの活用をめざしています

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志摩市浜島B&G海洋センターでは、地元の小学校に出向いて水辺の安全教室を実施しています。今後はライフジャケットの着用講習により力を入れていきます

 海が大好きな大口市長。12年前の町長時代には、周辺一帯が東海・東南海・南海の3つの地震における津波の防災重点地域に指定されたことを受け、ライフジャケットを幼稚園や保育所、小学校に配布しました。

 「当時は、多くの人が津波をさほど深刻に考えていませんでした。そのため、ライフジャケットを配ったものの、その後の着用訓練があまりなされず、年月が過ぎるにつれて配ったことすら風化していきました。

 しかし、一昨年に東日本大震災が起きてから、皆が津波に関心を寄せるようになり、私自身も、もう一度ライフジャケットを配って備えを固めようと思いました。幸いにも、B&G財団のスタッフの方々が協力してくださり、昨年、海洋センターで学校の先生方を対象にした着用や浮遊体験の『防災研修会』を開くことができました。ほとんどの先生方がライフジャケットを着るのが初めてだったこともあり、皆さん真剣な眼差しでした」

 昨年、志摩市では市内の幼稚園、小中学校を対象に787着のライフジャケットを配備。今年からは、子どもたちを対象に「水辺の安全教室」に則った内容でライフジャケットの着用講習を海洋センターで開始することも計画しています。

 「今度は風化しないよう、月に1回ぐらいは訓練をしてほしいと学校にお願いしていきたい。こうして訓練を重ねていくことで、家庭の防災意識も高まるのではないかと思います。

 また、せっかく配備したライフジャケットなのですから、普段から活用してほしいと考え、海水浴などで積極的に利用していただくことにしています」

 防災というと硬いイメージになりがちですが、志摩市のように普段から利用して楽しめば、知らないうちに使い方をマスターしていきます。いざというときにも慌てない子どもたちに支えながら、志摩市の里海構想は一歩ずつ未来に向かって進んでいます。(※完)

写真提供:志摩市