連載企画

注目の人:全国の海洋センター・クラブで活躍する方や、スポーツ選手など、B&G財団が注目する人にインタビューをしています。

No. 86

自然と共生しながら、心豊かに暮らせる町をつくりたい


2013.03.20 UP

里海創生基本計画によって地域の再生をめざす、三重県志摩市の取り組み

リアス式海岸の美しい海が広がる三重県の志摩半島。海の利息で生計を立てると言われる海女漁をはじめ、ここでは昔から住民が海や山と共生しながら豊かな自然の恵みを手にしてきました。
ところが、高度経済成長期を経て人と自然の共生バランスが崩壊。漁業や真珠の養殖業などが衰退の一途を辿ってしまいました。
そんな時代の流れを垣間見て育った志摩市の大口秀和市長。これからの地域社会は昔のように自然との共生をめざすべきだと考え、一昨年に「志摩市里海創生基本計画」を策定。里山と同じ発想で沿岸域の自然を守りながら、地域の暮らしを豊かにしていくビジョンを打ち出しました。
「地域を深く学び、そして未来への創造に向かいます」と意欲を示す大口市長。これから志摩市がめざしていく、新しいふるさとの姿について語っていただきました。

プロフィール
●大口 秀和 市長

昭和26年(1951年)生まれ、旧志摩町出身。三重県立水産高等学校卒業後、水産業を営む傍ら、昭和63年、旧志摩町議会議員に当選。平成11年からは旧志摩町町長(2期)。平成16年に周辺5町が合併して志摩市が誕生すると、同市会議員を経て平成20年から市長(現在2期目)。B&G助成事業審査委員、B&G海洋センター・クラブ中部ブロック会長などを歴任。

●志摩市志摩B&G海洋センター

昭和62年開設(プール・体育館)。多目的グラウンド、テニスコート、ゲートボール場などの志摩市志摩総合スポーツ公園に隣接し、地域スポーツクラブの拠点になっている。

●志摩市浜島B&G海洋センター

平成3年開設(上屋付温水プール、体育館)。英虞湾を目前にした場所に位置し、三重県水産研究所、三重県栽培漁業センターに隣接。潮風が薫る自然に恵まれた環境にある。

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第3話里海で広がる可能性

グリーンとブルーの発想

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夜の海の観察会。水面を網でなでると夜光虫が輝き、ライトを海中に向けるとイカやクラゲが浮かび上がりました

 「志摩市里海創生基本計画」が策定されて1年余。干潟の再生を皮切りに志摩市では少しずついろいろな分野で変化が現れるようになりました。

 「干潟の再生が話題となり、昨年には京都から修学旅行で見学に来た学校もありました。子どもや保護者の評判も良かったことから、今年も来るそうです。また、こうした環境活動をNPOではなく行政が直接行ったことも話題になり、東南アジアなどからも視察に来ています。

 経済発展が進む国々では環境対策が喫緊の課題になっています。ですから、いろいろな公害を克服してきた日本の自治体が、里海の発想で沿岸域の再生に乗り出したことに大きな関心があるようです。

 また、日本国内でも里海構想に注目し始めており、昨年の初めには日本弁護士連合会が視察に訪れました。もし他の地域で里海構想を進めたら、どのような法的問題が出てくるのかを調べておきたいということでした」

 国内外から関心が寄せられるようになった志摩市の里海構想。地球温暖化などの環境問題を背景に、自然環境の保全に努めながら資源の再利用をめざす「グリーン経済」という言葉が生まれましたが、グリーン経済をめざしながら新しい利益を生む「ブルーエコノミー」を作り出すことで、本当の意味での資源循環型社会が構築できると言われています。大口市長も、この2つの考え方を尊重しています。

 「資源を掘り尽くすだけの産業活動では、いつか地球がだめになってしまいます。そこでグリーン経済という言葉ができて環境保全が叫ばれるようになりましたが、それを全うするには、環境にやさしい新しい発想で利益を生むブルーエコノミーを考え出さねばなりません」

 「志摩市里海創生基本計画」でめざすブルーエコノミーとは、文字通り"海の経済"であると指摘する大口市長。干潟の再生を行った近隣の海域では、「海が良くなったと感じる」とか、「牡蠣が良く育つようになった」という漁業者の声も聞かれるようになりました。環境保全を進めたことが、新たな経済メリットを生むきっかけになりつつあります。

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干潟の再生を視察する外国の研究員の皆さん。さまざまな質問が飛び交いました

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環境学習で真珠の核入れ作業を見学する市民の皆さん。志摩市では里海学校を開いて地域を学ぶ取り組みを続けています

森が育てる海の恵み

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クルマエビの放流に励む漁師さん。漁業は志摩市の未来を支える大きな産業です

画像身が大きくて味が良いことで知られる的矢牡蠣。伊勢神宮の森から栄養がたっぷりと流れ込む的矢湾の名産です

 「以前、フランスで修行して一流のシェフになった人から聞いた話ですが、なぜ北海道のホタテがおいしいのかといえば、流氷に乗ってシベリアからやってくる木々の栄養分を吸っているからだそうです。

 また、志摩市の的矢地区で養殖される牡蠣は、身が大きくて味が良いので知られていますが、思えば的矢湾に流れ込む川の上流に、豊かな伊勢神宮の森があるのです」

 こうした話が裏付けになって、フィリピンの国際会議で学んだ、「沿岸域の一体的管理によって、地域の環境問題も産業問題も解決される」という言葉が、現実味を帯びるようになりました。

 「修学旅行で子どもたちが干潟を見学するようになったことから、来年早々には県の水産研究所や水産高校と連携しながら、幼稚園児から大学生までが臨海学校などで環境学習が行える『里海学舎』の構築に着手したいと考えています。そんな取り組みも地域経済の活性化の一翼を担いますし、新しい学び舎で未来の志摩市を支える優秀な人材が育ってくれたら幸せです。

 また、陸側でも廃棄された海藻などを土にまぜてキノコ作りの実験に励んでいます。かつては、カツオの頭をミカンの木の根元の近くに埋めて甘いミカンを作り、畑のあぜに網で巻いた海藻を埋めて養分豊かな土を作っていたものです。そうした知恵を呼び戻そうとしています」

 漁業をはじめ、農業や教育事業にも新風を送ろうとしている志摩市の里海構想。沿岸域を一体的に管理することで、いろいろな計画が浮かびます。

 「私の夢は、現役を退いた人たちが年金だけで暮らせる場所を海辺の一角に作ることです。老夫婦なら日に1、2匹の魚を釣り、小さな畑を耕せば、ほとんど自給自足で暮らしていけるのではないかと思います」

 里海構想の行き着くところは、自然豊かな場所で地産地消をしながら、身の丈に合った生活を心豊かに送ることだと語る大口市長。それは、まさにグリーン経済とブルーエコノミーが融合した姿であると言えるでしょう。 (※第4話(最終回)に続きます)

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海を守るためには山も大切にする必要があります。的矢地区では植樹を進める「いさりび会」が結成されて、里山の整備に力が入れられています

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アカウミガメの産卵跡が残る市内の島の海岸。美しい自然が残る志摩半島で第2の人生を送りたい人はたくさんいるはずです

写真提供:志摩市