連載企画

注目の人:全国の海洋センター・クラブで活躍する方や、スポーツ選手など、B&G財団が注目する人にインタビューをしています。

No. 86

自然と共生しながら、心豊かに暮らせる町をつくりたい


2013.03.13 UP

里海創生基本計画によって地域の再生をめざす、三重県志摩市の取り組み

リアス式海岸の美しい海が広がる三重県の志摩半島。海の利息で生計を立てると言われる海女漁をはじめ、ここでは昔から住民が海や山と共生しながら豊かな自然の恵みを手にしてきました。
ところが、高度経済成長期を経て人と自然の共生バランスが崩壊。漁業や真珠の養殖業などが衰退の一途を辿ってしまいました。
そんな時代の流れを垣間見て育った志摩市の大口秀和市長。これからの地域社会は昔のように自然との共生をめざすべきだと考え、一昨年に「志摩市里海創生基本計画」を策定。里山と同じ発想で沿岸域の自然を守りながら、地域の暮らしを豊かにしていくビジョンを打ち出しました。
「地域を深く学び、そして未来への創造に向かいます」と意欲を示す大口市長。これから志摩市がめざしていく、新しいふるさとの姿について語っていただきました。

プロフィール
●大口 秀和 市長

昭和26年(1951年)生まれ、旧志摩町出身。三重県立水産高等学校卒業後、水産業を営む傍ら、昭和63年、旧志摩町議会議員に当選。平成11年からは旧志摩町町長(2期)。平成16年に周辺5町が合併して志摩市が誕生すると、同市会議員を経て平成20年から市長(現在2期目)。B&G助成事業審査委員、B&G海洋センター・クラブ中部ブロック会長などを歴任。

●志摩市志摩B&G海洋センター

昭和62年開設(プール・体育館)。多目的グラウンド、テニスコート、ゲートボール場などの志摩市志摩総合スポーツ公園に隣接し、地域スポーツクラブの拠点になっている。

●志摩市浜島B&G海洋センター

平成3年開設(上屋付温水プール、体育館)。英虞湾を目前にした場所に位置し、三重県水産研究所、三重県栽培漁業センターに隣接。潮風が薫る自然に恵まれた環境にある。

画像

第2話里海でめざす地域の活性化

陸の人の理解も必要

画像

里海の考えを地域に理解してもらうため、さまざまなところで説明会や討論会などを行っていきました

 里海の考え方に則って、英虞湾を一体的に管理していく構想に着手した大口市長。しかし、多くの人が里海という言葉をすぐには理解してくれませんでした。

 「議員の皆さんに里海とか沿岸域の一体管理といった話をしても、最初の頃は、『稚魚も放流しているし、漁船の船底塗料にも有害な鉛や錫を含有しない製品を使ってもらっている。だから、すでに海は環境に配慮した管理がされている』と言われたものでした。

 しかし、こうした対策はある地域だけで終わってしまいがちで、沿岸域を取り巻く全体的な環境対策にはなかなか結びつきません。しかも、稚魚の放流や船底塗料の規制などは漁業者だけが気を配る対策であって、陸域で暮らす人は関わりません。

 山から川、川から海に自然の資源は循環していますから、海域の人も陸域の人も、こうした環境の大切さを意識しながら同じ方向を向いた町づくりをしていかねばなりません。それが里海の考え方なのです」

3つのキーワード

画像

いまでは里海の取り組みの一環として、山の地域でしいたけ栽培などの事業が行われています

 場当たり的な対策では、沿岸域を取り巻く環境を変えることはできないと語る大口市長。ただし、いきなり大きな施策は打てないので、こつこつと実績を積むことも必要です。

 「多様な生物が生きる干潟には、1ヘクタールで数千人の生活排水を浄化する能力があると言われています。かつての英虞湾にも数多くの干潟があって海をきれいにしてくれていましたが、いまではその3/4が護岸工事や干拓工事でなくなってしまいました。

 しかしその後、減反政策や後継者不足といった問題で干拓を行った農地が使用されなくなってきました。そこで、こうした干拓地の水門を開けて昔のような干潟に戻したところ、それまでは5-6種類しかいなかった周辺の生物が30種類ぐらいに増えました」

 未使用になっている干拓地の水門を開けて干潟を増やしていけば生き物が増え、豊かな海が戻ってきます。また、干潟で磯遊びができるようになれば、子どもたちの環境教育に使えるようになって、修学旅行や体験学習を誘致できるようになります。

 こうしたことから、大口市長は志摩市の里海事業に「稼げる、学べる、遊べる、新しい里海」というキーワードを添えました。

 「稼げるという言葉にはインパクトがあるので、多くの人が耳を貸します。最初は里海に疑問を持っていた人たちも干潟の生物が増えた例を見て『そうかな?』と思うようになり、やがてこのキーワードが出て本当に関心を抱くようになりました」

 水門を開けて周辺の生物が増えたとき、多くの人が地元の海に期待を寄せ、「海を見ながら暮らしていたが、海そのものの存在を忘れていた」、「もう一度、心を海に戻して海とともに生きることが大事だ」といった声が出るようになりました。

 「陸の人も交えて市民全員で地元の海を守ることが必要です。海に目が向けば、海に流れる川、そして川が流れる山にも関心が広がります。そうなったら売れる産物、訪れる人、そして働く人が増えて地域経済が活性化していくことと思います」

画像

未使用になっている干拓地の水門を開いて干潟作りの実験を進めていきました

画像

干潟で生態調査に励む人たち。水門を開いて海水を入れると、さまざまな生き物が帰ってきました

地域のブランド化

画像

自ら包丁を握ってマグロの解体に励む大口町長。志摩市周辺は朝廷に海産物を献上してきた「御食国(みけつくに)」と呼ばれ、豊かな海の幸が自慢です

画像昔から知られている地域のブランド、伊勢海老。海の環境に目を配ることで、「稼げる」里海が再生されていきます

 干潟の再生を通じて少しずつ理解を広めていった大口市長の里海構想。一昨年には「志摩市里海創生基本計画」が策定され、それに基づいて「志摩市里海創生推進協議会」が設置されました。

 「基本計画を策定する際、市民や海の関係者などから388件ものアイデアが集まり、人々の関心の高さをうかがわせました。また、協議会には海の専門家に加え、漁業者や真珠事業者、婦人団体など、さまざまな地域の代表が参画しており、里海の発想を基にいろいろなアイデアを検討してもらっています」

 こうしたなかで大口市長がめざしているのは、地域のブランド化を進めていくことだそうです。

 「市民全員が自然に配慮した生産活動を行えば、「志摩の食べ物は安心・安全だから食べてみたい」、「自然に配慮した環境なら老後に住んでみたい」といった声が広まり、重層的に地域の品格が高まります。こうして地域のブランド化が進めば、産業構造の底上げが図れます」

 「志摩市里海創生基本計画」が策定されて1年余。干潟の再生を皮切りに志摩市では少しずついろいろな分野で変化が現れており、実際に地域経済の底上げにつながる事例も出てくるようになりました。 (※続きます)

写真提供:志摩市