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石橋 顕さん
1973年、福岡市生まれ。修猷館高校、早稲田大学卒。石川国体少年男子FJ級優勝。全日本インカレ470級MVP。みやぎ国体青年男子470級優勝。その後、2002年470級世界選手権でアテネオリンピック国枠を獲得するも、思わぬトラブルで日本代表を逃がす。49er級に種目を替えて全日本選手権優勝3回、2008年エキスパート・オリンピック・ガルダ優勝、北京オリンピック12位。オリンピック出場にあたっては、福岡ヨットクラブ所属で練習に励み、地元有志が支援組織「TEAM BELIEVE」を結成。草の根運動によって活動費5,000万円が集められた。
そして、2008年1月にオーストラリアで開催された世界選手権では、見事に北京オリンピックの国別出場枠、ならびに日本代表の座を獲得。その勢いに乗って挑んだイタリアの国際レガッタ、ガルダ・ウイークでは、誰もが驚く成績を残しました。
4月上旬に開催されたガルダ・ウイークは、オリンピック直前の国際大会ということで注目を集め、ワールドランキング1位のチームをはじめ世界の強豪が出場。そのなかで石橋/牧野チームは、49er級では日本人初となる国際レガッタの優勝を飾ったのでした。
そのため、メダルへの期待はさほどかけられませんでしたが、当の2人は違っていました。「やるからには金メダルを目指す」といって、はばからなかったのです。
「要は、最後まで自分を信じて力を出し切りたかったのです。アテネオリンピックを目指したときは勝つことだけを目標にして挫折し、気持ちが不完全燃焼したまま終わってしまいました。ですから、北京オリンピックは思う存分力を試す場にしたかったのです。完全燃焼したいからこそ世界一を目指しました」
その17番目のチームは、なんと国際レガッタで優勝。オリンピック本番でも、“メダルレース”と呼ばれる上位10チームによる決勝戦に、あと一歩で残れるところまで奮闘しました。
選んだ道に迷いはなかったという石橋さん。未経験の種目を選び、資金もないところからはじめた北京オリンピックへの挑戦は、完全燃焼という形で見事に幕を引きました。
「憧れのオリンピックに出場できたこともうれしいのですが、ゼロからのスタートでここまでやれたのは周囲の皆さんのおかげですから、人の輪のすばらしさを知ることができたオリンピックへの挑戦でした」
現在、石橋さんは地元企業に就職して仕事に励んでおり、生活が落ち着いたらヨットに乗りたいと語っていました。外洋レースにも興味があり、指導者になる機会があればオリンピックを目指す後輩の力にもなりたいそうです。今度はどんな夢を形にするのか、これからの活躍にも大いに期待したいと思います。(※完)