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 琵琶湖の北西部に位置する滋賀県高島市新旭町の針江地区では、いまでも井戸や川に湧き出る水を日常生活に利用しています。
 年間を通じて約13度の水温を保ち、「生水」(しょうず)と呼ばれるこの湧水は水路によって各家につながれ、「川端」(かばた)と呼ばれる台所の水場を潤します。

 冬でも温かさを感じ、夏になればビールを冷やし、台所自体をも冷房してくれるこの天然の恵は、遠い昔から現在まで大事に受け継がれ、最近ではエコツアーで外国から見学に訪れる人も現れるようになりました。

 子どもの頃から、水を大切にしないと「かばたろうさん」(河童)に連れていかれてしまうと教えられてきた針江の人々。

 その暮らしぶりや地域の自然について、エコツアーのボランティア組織「針江生水の郷委員会」美濃部武彦会長にお聞きするとともに、連載の後半では、ご自身も「川端」のある家で育ったという高島市の海東英和市長に、この貴重な水文化の足跡や将来の展望などについて語っていただきます。
滋賀県高島市
水田を見学 針江地区の水田を見学する人々。地元では「針江生水の郷委員会」を立ち上げ、地域住民が交代でボランティアの案内役を務めています
第2話:蘇った共同社会

神様の宿る壷

宿泊施設 「針江生水の郷委員会」の美濃部武彦会長(左)、ボランティアガイドの福田千代子さん
  町の記念誌やNHKのテレビ取材で、広く知られるようになった「川端」(かばた)の水文化。県内外から多くの見学者が訪れるようになったため、針江で暮す人たちは自らの力で来訪者の受け入れ態勢を整えました。

  川端や水路を見学するルートを決め、地域住民がボランティアでガイドを務めるエコツアーの組織、「針江生水の郷委員会」を行政の協力を得ながら発足させたのです。

水に囲まれた公園 針江地区の公民館近くにある公園。エコツアーの出発地点でもあります
  「見学にやって来る人たちのなかには、地元の人に声をかけて湧水の水系や水路の構造などを詳しく尋ねる人も多く、また、川端は台所にありますから、見学者が勝手に人家の敷地に入り込んでしまってトラブルが起きることも懸念されたのです」

 委員会を立ち上げた理由をこう説明する、美濃部武彦さん(同委員会会長)。いまから3年前、美濃部さんの呼びかけに応じた26名の住民によって委員会の活動が開始されました。

 「それまでは当たり前のように利用していたので、川端の素晴らしさが分かりませんでしたが、エコツアーのガイドを務めるようになってから、しだいに我が故郷の良さに気がついていきました」

 そう語ったのは、今回の取材でガイドを引き受けてくれた福田千代子さんでした。福田さんはごく普通の主婦ですが、家事の合間を縫いながらボランティアガイドとして活躍しています。

宿泊施設 川端のある生活を実際に体験することができる、宿泊施設も用意されています。希望者は、ここに備えられた川端を使って自炊します
  「ガイドを始めて感心したのは、お客さんの目の色が変わるほど、皆、とても川端に興味を示し、前もっていろいろ勉強してくる人が多いことです。ですから、『これは、単なる観光ガイドではないんだ』と自覚するようになり、お客さんの質問にしっかり答えられるように自分でも勉強するようになっていきました」

 自ら受け入れ態勢を整えたおかげで、福田さんのように地元の人々が我が故郷についていろいろ知るようになっていき、大切な水文化を守り伝えていく意識も高まりました。その結果、26名のボランティアスタッフで活動を始めた委員会も、現在は協力者を含めて70名に拡大。皆、日々の生活を送りながら交代でガイドを務めています。

 昨年、エコツアーに参加した人の数は約3,000名。委員会の活動は1月から3月までの冬場は休止するので、毎日10名以上の人が針江の里を訪れている計算になります。最近では、ヨーロッパやオーストラリアから来る人もいるそうです。

 ちなみに、現在行われているエコツアーのメニューは、90分コース(参加料1人1,000円)と、3時間コース(参加料1人2,500円)があり、参加料は川端や水路の保全・整備に充てられています(詳細が記されているホームページは、「針江生水の郷委員会」で検索してご覧ください)。


本能の水遊び

美しい緑色が映える どの水路にも群生している、美しい梅花藻(ばいかも)。白い点に見えるのは梅花藻の花です
  エコツアーが軌道に乗ると、やがて修学旅行や遠足で針江を訪れる子どもたちも増えていきました。そこで、委員会の人たちは幼い頃に遊んだ記憶を辿り、子どもたちに里を流れる川辺で水遊びを体験してもらうことを思いつきました。

 「最近では、小中学生の体験教育の場としても針江が注目されるようになりました。訪れた子どもたちは、川に入って小魚を追い、野に咲く花を摘んでは、図鑑を片手にいろいろ調べて楽しんでいます」

 この試みが開始されると、美濃部さんは川に入る子どもたちの顔つきを見てとても驚いたそうです。

 「それまで、おとなしそうにしていた子も、いったん川に入ると顔つきががらりと変わって活発に行動するようになります。子どもたちにとって水に入るということは、砂遊びと同じように本能的な遊びなのでしょう。人間と水とは切っても切れない縁で結ばれているのです。そのことが、よく分かるようになりました」

 こうした光景を脇で眺めていた地元の子どもたちにも、大きな変化が現れました。楽しそうなので、自分たちも率先して水遊びをするようになったのです。

いかだで遊ぶ子どもたち 水路でイカダ遊びを楽しむ子どもたち。12、13度の水温に保たれている湧水のおかげで、夏でも暑さを感じません
 「これまで、地元の子どもたちもさほど水に入って遊ぶことをしていませんでした。ところが、いまでは夏になるとおじいさんやおばあさん、お母さんなどが網と長靴を用意して子どもたちの帰りを待つようになり、子どもたちも学校や保育園から帰ると網を持って一目散に川へ向かいます」

 水に入るという本能的な遊びを、ふたたび取り戻した針江の子どもたち。それは、エコツアーから派生した、思わぬ副産物でした。


花を飾る家々

軒先にあふれる花々 エコツアーのルートにある家の庭先には、写真のようにさまざまな花が飾られています
 最近になって、針江の子どもたちは地域の人たちとよく挨拶を交わすようになってきたそうです。川で元気に遊ぶようになった影響ではないかと、美濃部さんは推測しています。

 「子どもたちは皆、水遊びを通じて活発な性格になってきたのではないでしょうか。エコツアーを通じて、さまざまな人と接する機会が増えたことも一因かと思います。お年寄りに関しても、エコツアーが始まってからは積極的に他人と会話を楽しむようになりました。琵琶湖の奥に位置するため、他の地域との交流がそう多くなかった針江ですが、ここ3年で住民の意識はとても開放的になりました。

 結局のところ、住民は誰でも針江が好きなのです。その針江の良さを求めて他の地域から多くの人が訪れるようになったので、とてもうれしいのではないかと思います。それが証拠に、エコツアーのルートにある家々では、こぞって庭先や玄関にたくさんの花を並べるようになりました。これも、針江の湧水で育った美しい花を見てもらいたい、ひいては美しい郷里の姿を見てもらいたいという気持ちの表れだと思います」

水路の掃除風景 定期的に実施されている水路の掃除。ご覧のように、最近では多くの住民が参加して賑わいます
  「水も宝なら、ここで暮す人たちも宝である」と美濃部さん。川端の水文化が広く知られるようになったことで、針江の人たちの間に郷土を愛する意識が大きく花開き、皆が協力しながらエコツアーを支えています。

 「今年のゴールデンウィークには多数の来訪者が予想されたため、ガイドが不足するのではないかと心配しましたが、皆が手分けをしてお客さんの世話をしてくれました。また、針江では昔から地域ぐるみで定期的に水路の掃除をしていましたが、エコツアーが始まる前は面倒に思っていた人も少なくありませんでした。ところが、最近ではどの家も率先して出てきます。皆で協力し合う関係が、自然に根づきつつあります」

 古くから伝わる水文化の素晴らしさを再発見したことで、大きく変わった住民の意識。「ここにきて、忘れかけていた共同社会の姿が蘇りつつある」と、美濃部さんはうれしそうに語ってくれました。


※次回は、自らも川端のある家で育ったという高島市の海東英和市長にお話を伺います。