【B&G職員リレートーク】祖父母の背中


こんにちは。海洋センター・クラブ課の藤田です。

今日は、私の祖父母について、お話しさせて頂ければなと思います。

 

私は生まれも育ちも栃木県那須塩原市です。

今でも両親、そして、祖父母も地元で生活しているのですが、つい先日帰省した際に、今年度いっぱいで祖父母が長年営んだお店を閉めることを知りました。

 

年齢を理由にお店を閉める運びとなったのですが、祖父86歳、祖母81歳。正直、まあ、よくここまで頑張ったなと思います。

 

お店での一幕。祖父と一緒に。

お店での一幕。祖父と一緒に。

 

しかも、営んでいたのは「農機具屋」。

祖父は農機具を販売したり、修理したりする仕事なのですが、重い機材を運び、泥まみれで修理して、時には大型のトラックで商品を運ぶ、なかなかの体力勝負だったと思います。

そして、祖母は事務管理を一手に引き受けて、今でも完璧に帳簿をつけます。

 

身内ではありますが、この歳まですごいことだなと思います。

最初は驚きましたが年齢も年齢。高齢な祖父に肉体労働と運転をさせるのは、孫としても大変肝が冷えますので、正直ほっとしたのが本音です。

 

 

私の子供のころ

 

話はそれますが、私の両親は共働き。特に母は私が幼くして仕事に復帰しているので、母が仕事の間は祖母が面倒を見てくれました。

 

祖父母の家は自宅と事務所・作業場が一緒になっており、幼稚園入学前は事務所の片隅にベビーベッドを置いてよく寝かされていたそうです。私自身、全く記憶はありませんが…。

 

また、幼稚園に上がれば、お迎えのバスが来るのも祖父母の家の前、幼稚園に限らず小学生の時も必ず帰るのは祖父母の家。そして、仕事終わりの父が迎えに来て実家に帰るという生活を送っていました。

 

じじばばの家には気の利いたおもちゃがあるわけでもなく、おいしいおやつがあるわけでもない。もちろん祖父母は仕事が忙しいので私はいつも放置です(笑)

庭とお店が遊び場でしたが、よく花壇を散らかしては怒られ、お茶菓子のせんべいをつまみ食いしては怒られ、売り物のトラクターの後ろに秘密基地を作れば怒られ(笑)

 

お店の駐車場兼遊び場。ずっとここで走り回っていたらしい…。

お店の駐車場兼遊び場。ずっとここで走り回っていたらしい…。

すっ転んでいる子供のころの写真

そして、よくこんな感じで、すっ転んでた(転んでた)らしい…。

 

そんな毎日でしたが、あるものだけで遊びを考え、なんだかんだ楽しく過ごしておりましたし、今の自分に活かされているかは別ですが、結果として、大変想像性豊かな教育であったと至極勝手に結論づけています。

 

そして、今思うこととして、そんな汗水流して一生懸命働く祖父母の姿を、幼い頃から間近で見られたことがとても良い経験だったのではないかと思うのです。

 

常にお店の近くで遊んでいるので、やっぱり仕事をしている祖父母の姿はずっと目に入るもの。幼いながらに仕事をすることはこういうことなのかと自然と理解していきました。

祖父は雨の日でもカッパを着て農機具を直し、農繁期はほとんど休みなく働く、また、祖母はお店に来るお客さんを出迎え、お店の舵取りをする商売人として祖父を支えます。

 

そうして、「いつも汗水ながして精一杯仕事をする」、それが自分のスタンダードとして染み付いていきました。そして、今ではそのスタンダードが私の高い目標になっています。

 

そんな一生懸命仕事をする祖父母を見て育った私でありますが、では、今の自分はどうなのか…。

まだまだ祖父母の足元にも私は及んでいないと自負しています。まだまだ修行が足りません。高い目標へもっと近づけるよう頑張らねば、そう思う次第です。

 

 

あ、これって地域コミュニティ?

 

「本当に、たくさん働いた」

そんな言葉を祖父は呟いていました。数えきれないほどの苦労があった中で、それでも一区切りつけてみて、こうして穏やかに優しく微笑む祖父母を見て、「ああ、素敵な人たちだな」と私は心から感じます。

 

おまけに「痛いところも病気もない、悩みはちょっと耳が遠いぐらい」と笑いながら祖母が話しておりました。

現代日本の平均寿命が84歳ぐらいですが、ここまで元気でこそ励んできたことは何気にすごいことかなとも思いました。

 

この間帰省した際も、祖父母の家に立ち寄っておしゃべりしていたのですが、祖父母のお店には入れ代わり立ち代わり常に人が訪れます。もちろん修理に来るお客さんもいるのですが、よくよく見ていると、農家のお客さんや近所の人たちがお茶だけを飲みにくるのです。そして、ただ喋って帰る(笑)

 

特に用はないけど、なんとなく遊びに来る。たったこれだけですが、これまで祖父母が培ってきたものと、そして、人柄みたいなものがこんなところに現れるのかなと思いました。

 

自身も仕事の中で「地域コミュニティの活性化」を目的とする事業に携わっております。良い事業と新しい施設を整えつつも、最終的に「要」となるのは人。活性化には人と人との繋がりが欠かせません。

祖父母のようには到底なれなくても、微力な自分の力も加えながら、そんな場所を提供していけるようなりたいなと思います。そのためにもまずは、自分を磨かなければ、そんなことを思う帰省となりました。

 

先日、祖父母と尾瀬にハイキングへ。足腰が元気なふたりはどんどん先に行ってしまい、気づけばここでも「ふたりの背中」を追いかけておりました。

先日、祖父母と尾瀬にハイキングへ。足腰が元気なふたりはどんどん先に行ってしまい、気づけばここでも「ふたりの背中」を追いかけておりました。

 

大変恥ずかしくも身内をベタ褒めする形となってしまいましたが、人生は仕事が全てではないかもしれません。

 

ただ仕事は人生の中でも大部分を占める要素だと私は思います。私もこんな祖父母の生き方ができるよう、日々何事も全力で勤しんでいきたいと思います。

 


企画部 企画広報課 藤田 有里

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