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No.001:青森県南部町 工藤祐直 町長 自然環境の豊かさを、体験を通じて子供たちに伝えていきたい
2017.01.25 UP

豊かな自然あふれる青森県南部町。B&G全国指導者会の会議で財団にお越しになられた、工藤祐直町長にまちづくりについてお聞きしました。

プロフィール 工藤 祐直(くどう すけなお)町長
1955年(昭和30年)生まれ。青森県南部町出身。
大学卒業後、民間企業を経て青森県名川町役場に就職。同町のB&G海洋センター勤務となり、初代育成士として活躍。その後、農林課や企画課などを経て、平成11年に名川町町長に就任。平成18年、合併による新生南部町の初代町長に就任し、現在に至る(通算5期目)。
B&G財団評議員、B&G全国サミット 副会長、B&G全国町村長会議・B&G全国指導者会 会長。

第2話:地元の良さは外から見なければわからない

- 岩手県山田町と1984年から続いているマリンスポーツの交流事業があるそうですね。交流が始まった経緯を教えてください -

 旧名川町にB&G海洋センターの建設が決まった1983年当時、施設の竣工までに決められた人数のB&Gマリンスポーツ指導者を育成しなければいけませんでした。しかし、南部町には海がありませんし、マリンスポーツに適した水面もありません。指導者育成をどうしようか、と悩んでいた時に、岩手県山田町でB&G指導員育成の研修会を行っていることを知りました。

 そこで、山田町の担当の方にご相談したうえで私たちのために研修会を開催していただき、なんとか4名の指導者を育成することができました。

 また、その後は南部町でもB&G指導員を育成することができるように、私自身が指導者の育成ができる資格を取得しましたが、研修を実施する際には山田町の水面を利用させていただき大変お世話になりました。

 さて、先にも言いましたとおり、町には海がありませんし、マリンスポーツの活動ができる水面もありません。そこで、私はB&G海洋センターの初代責任者という立場で、町の子供たちに海を体験させる方法はないかと模索しましたが、やはりその時も、山田町さんとのつながりを通じてご協力いただき、B&G海洋センターがオープンした初年度(1984年)から1泊2日のマリンスポーツ体験を山田町で実施させていただくことができました。

  • 全壊した岩手県山田町の艇庫復旧により、6年ぶりにマリンスポーツ交流を再開することができた

  • 南部町の子供たちから、山田町の子供たちへ、復興・復旧の願いとエールを込めたフラッグを贈る

 以来33年間、震災で開催できなかった5年間を除いて、ずっと継続して山田町とのマリンスポーツの交流は続いています。

 南部町の子供たちは「海に行く」と聞くと、それだけで期待を膨らましとても喜びます。そうした中で、県外の山田町に行きマリンスポーツを楽しんだり、現地の子供と交流することは、普段の生活の中では得ることが難しい、かけがえのない経験になるはずです。

 「地元の良さ」は、ある意味、よそに出て外からみて見てみなければ、わからない部分が多々あります。子供たちにとっても、よそに出てみて、これまで経験したことがないことを体験して、あらためて地元の良さや、暮らしの環境に気づくことが多いのではないかと考えています。

  • 海のない南部町の子供たちは、海でのマリンスポーツ体験をとても楽しみにしている

  • 地元の良さは、よそに出て外からみて見てみなければ、わからない、と工藤町長

- 東日本大震災では、いち早く山田町に支援物資を贈り、職員を派遣されたそうですが、そのときの状況を教えてください -

 東日本大震災の時は、南部町も震度5弱を記録しました。震災直後は、職員総出で、まずは町内の被害状況の確認に追われました。3日目位までに町内の概ねの調査が終わり、甚大な被害がなかったことを確認することができました。

 震災発生当初は、混乱のせいか、山田町の状況はなかなか伝わってきませんでした。しかし、徐々に届き始めた情報から、山田町に甚大な被害が出ていることがわかってきました。

 これまでお世話になり、毎年町ぐるみの交流を行っていましたので、これは一大事と、まずは山田町の状況を確認するため、震災の5日目に職員を派遣して被害状況をビデオで撮影し、職員を集めて報告会を行い、支援方法を協議しました。

 実は、東日本大震災の前に発生した中越地震の際にも、南部町から支援員を派遣していたので、大規模災害が起きたときに真っ先に必要な人材は保健師であることを経験的に知っていました。

 しかし、いざ保健師を派遣するとなると、活動の中心となるのは女性ですので、余震も続く中、安全を確保するためにどのような形で派遣するのが良いのか、知恵を絞りました。結果、保健師2~3名を含む5名1組の体制で、できる限りの安全を確保し、5回(1ヶ月)支援隊として被災地に向かわせました。

 また、雪が降る寒い季節でしたから、救援物資はとにかく迅速な素早い対応を第一に考え進めました。まずはできる範囲で防寒着を集め、肌着を商工会から提供をしてもらい、山田町に送りました。

  • 東日本大震災では、山田町が甚大な被害を受けたことが判明し、緊急救援物資をまとめて職員を派遣した

  • 食料のほか、雪が降る寒い時期だったため、防寒着等も緊急で募り山田町に送った

 幸いにして山田町とは直接電話ができる環境だったため、受入側の要望もお聞きすることができました。「まずはお米なら腐らなくて良い」ということでしたので、全町民に呼びかけてお米を集めて23トンをお送りし「必要な時には必要な物資、人材を協力します」とお伝えしました。今でも山田町への応援は続いていて、建設課の技術職を派遣しています。

 震災から5年、全壊した山田町の艇庫も再開し、2016年7月に両町のマリンスポーツ交流が再び実施できるようになりました。海がない南部町の子供たちには貴重な経験の機会ですので、今後も続けていきたいと考えています。

 山田町との交流は、マリンスポーツ以外にも広がっていて、南部町で開催する駅伝大会には山田町から2チームが参加してくれています。

  • 南部町の駅伝大会。毎年、山田町のチームが特別参加するなど様々な交流へと広がっている


 また、山田町の野球部が来町して、今年甲子園で話題になった八戸光星学院野球部との練習を行うなど様々な交流が進んでいます。B&G海洋センターがきっかけとなり、両町の交流の幅は大きく広がりました。これからも末永く交流を続け、大切にしていきたいと考えています。

※第3話に続きます(1月31日火曜日に掲載予定)

(文:進藤 博行