連載企画

注目の人:全国の海洋センター・クラブで活躍する方や、スポーツ選手など、B&G財団が注目する人にインタビューをしています。

No. 94

子供たちの夢を後押ししていきたい!


2013.11.27 UP

カヌー選手のアドバンスト・インストラクター、依田伸一郎さんが歩む道

この秋にさまざまな競技で熱戦が繰り広げられた、第68回国民体育大会(スポーツ祭 東京2013)。カヌー・スラローム/ワイルドウォーター競技会も東京都青梅市の特設会場で開催され、岡山市建部町B&G海洋センターのアドバンスト・インストラクターとしてカヌーの指導に励んでいる依田伸一郎さん(現:同町福祉事務所勤務)も、ワイルドウォーター競技の岡山県代表として力を奮いました。国体はもとより国際大会でも活躍している依田さん。選手として自分自身を鍛えながら若手の育成に努めているトップアスリートに、これまでの道のりや今後の展望について語っていただきました。

プロフィール
● 依田 伸一郎(よだ しんいちろう)さん

昭和51年(1976年)生まれ、岡山県出身。大学時代にカヌーを始め、スプリント競技で活躍(関西インカレ3位など)。大学卒業後は、7年後に開催される地元国体でカヌー競技場を誘致した岡山県建部町に就職し、海洋センターに勤務しながら国体選手の育成に尽力。自らも妻、聡子さんとともに練習を重ね、平成17年に地元で開催された「おかやま国体」ワイルドウォーター種目で夫婦揃って優勝。以後、ワイルドウォーター競技の第一人者として国内外の大会で活躍し続けている。

● 岡山市建部町B&G海洋センター

昭和56年(1981年)開設。艇庫、体育館で構成。町内を流れる旭川沿いに艇庫を持ち、昔からカヌーが盛ん。平成17年には、「おかやま国体」カヌー競技(スラローム/ワイルドウォーター)が町内の特設会場で開催されている。

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第4話(最終話)子供たちの揺れる心に目を向けたい

国体初の快挙!

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岡山国体で力走する依田選手。同一種目で夫婦が同時に優勝を遂げたのは、国体初の快挙でした

 ともに手を携えて地元開催の国体をめざした依田さん夫妻。本番に向けて順調に力をつけていった妻の聡子さんとともに、依田さんは全力で表彰台をめざしました。

 「初めて出場した平成11年の熊本国体から平成16年の埼玉国体までの間で、手にした最高位は2位でした。そのため、なんとしてでも平成17年に開催される地元の岡山国体では優勝を飾りたいと思いました」

 地元の声援を受けて本番に臨んだ依田さん。いつもお世話になっている近所の人たちの声が大きな励みになりました。

 「国体には毎年出ていましたが地元開催の雰囲気は格別で、顔見知りの人たちの応援によって思った以上に実力を出すことができました」

 強豪が集まる厳しいレースが続くなかで、自分の番が終わると地元の選手として大きな手ごたえを感じたという依田さん。タイムの発表を待っていると、先に行われた女子の部で聡子さんが見事に優勝を果たしたアナウンスが耳に届きました。

 「妻の優勝は、この国体で岡山県が手にした初めての金メダルだったので、周囲が大いに沸きましたが、それよりも私は自分の結果が気になって仕方がありませんでした」

 しばらくして、男子の部の成績が発表。優勝者がコールされると、それは紛れもなく依田さんの名前でした。

 「地元の開催ということで勝ちたい気持ちが強かったので、私の名が呼ばれたときは、うれしいというよりもホッした心境でした」

 同じ競技種目で夫婦揃っての優勝は、国体が始まって以来の快挙でした。そのため、依田さん夫妻の活躍は世間の注目を浴び、旧建部町はカヌーの町として広く知られるようになっていきました。

いつまでも続く仲間の輪

 その後、依田さんは海洋センターに勤めながら若手選手の育成に励む一方、夫婦でさまざまな大会に出場し、日本代表として世界選手権大会などでも活躍。今年の東京国体でも岡山県代表として力を発揮しました。

 また、国体の地元開催を控えていたことから、依田さんは海洋センターに配属されて以来、なかなか指導者養成研修に参加できませんでしたが、岡山国体が終わって4年後の平成21年に、ようやくその機会が到来。全国から集まった若い参加者とともにアドバンス・インストラクターの研修を受け、1カ月に及ぶ充実した研修生活を送りました。

 「海洋センターに配属されて競技以外のカヌーの魅力に出合ったように、指導者養成研修でも新鮮な体験がたくさんありました。たとえば、ビート板は単なる水泳の練習道具だと思っていましたが、研修ではビート板を使って子供たちに速く泳げる気分を体験させる指導法を教えていただき、とても感激しました。ただ単に練習をするのではなく、気持ちの面からも子供たちをリードしていくことの大切さを知ることができました」

 カヌーでも、レクリエーションの指導法をいろいろ学ぶことができて指導者としての幅を広げることができたと振り返る依田さん。研修生の仲間と生活を共にした体験も、忘れられない思い出になりました。

 「研修期間中は、全国から集まった同期の仲間から水泳やカヌーについて相談されたほか、日々の仕事の悩みも打ち明けられたので、知らないうちに絆が深まっていきました」

 いまでも、同期の仲間とは常に連絡を取り合っているという依田さん。先日も、ある同期生から欲しかったカヌーを買ったという知らせを受けて、自分のことのように喜びました。

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沖縄の指導者養成研修で、同期生と備品の整理に励む依田さん。1カ月の共同生活を通じて貴重な仕事仲間ができました

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沖縄の美しい海でカヌーの練習に励む研修生の皆さん。競技の世界に身を置いてきた依田さんにとって、レクリエーションに向けた指導法は新鮮な体験でした

心の幹を育てたい

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国体で優勝を遂げた後は、日本代表選手としてさまざまな国際大会に出場。いろいろな国の選手と交流を深めてきました

 旧建部町に就職して以来、国体の地元開催に力を注いできた依田さん。今年4月に福祉事務所に異動になるまで、15年の長きにわたって海洋センター勤務を続けました。

 「海洋センターの仕事は、実に楽しいものでした。自分なりに考えて企画した事業に町の人たちが参加して、『これ、おもしろいね』などと言ってくれたときの充実感は例えようもありませんでした」

 職場が変わったものの、いまでも自身の練習や若手の指導に励む依田さん。東京オリンピックの開催が決まったことで、日本から優秀な選手が出てくることに期待を寄せています。

 「岡山国体のときは、町全体が盛り上がって地元の選手たちを勇気付けました。東京オリンピックで国全体が盛り上がれば、その声援が日本の選手たちの大きな力になるはずですから、ぜひとも自国開催の大舞台で活躍してもらいたいと思います」

 就職後、7年後の国体をめざして地元の子供たちの指導に励んだ依田さん。その経験から、選手を育てていく過程では子供たちの揺れる心を支えることが大切になると語ります。

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フランスで開催された2012年度カヌー・ワイルドウォーター世界選手権大会に出場した際、依田さんの艇に貼られたJPNのシール。これからは、東京オリンピックをめざして世界に羽ばたく後輩の出現に期待を寄せていきたいと語りました

 「子供なら、遊びたい日や練習に乗り気でない日もあるものです。そんなときは、たとえ乗り気でなくても終わっってみたら『今日も来てよかった』と子供が思うような工夫を練習に取り入れたいものです」

 心の枝葉が揺れ動いても、幹の部分がしっかりしていれば、子供たちは迷いません。その幹をしっかりしたものにしていくのが、私たち指導者の仕事だと思います」

 夢や願いは、途中で諦めたら叶いません。依田さんは、「揺れる心を読んで、最後まで諦めないことの大切さを子供たちに伝えたい」と語っていました。(※完了)