連載企画

注目の人:全国の海洋センター・クラブで活躍する方や、スポーツ選手など、B&G財団が注目する人にインタビューをしています。

No. 89

いのちのバトンは、つかんだら離さない!

2013.06.19 UP

ライフセービングの普及・指導に努める、泉田昌美さん

B&G「体験クルーズ」小笠原の寄港地活動では、メンバーの子どもたちがレスキュー用具を実際に使いながらライフセービングを体験しました。
その際、いつも講師を務めてくださったライフセーバーが、泉田昌美さんでした。普段、泉田さんは警備会社に勤めていますが、大学時代から始めたライフセービング活動に力を入れており、現在、NPO法人 日本ライフセービング協会(JLA)の競技力強化委員会委員長、ならびにライフセービングスポーツ推進副本部長を務めています。
「いのちを守る活動を通じて、あきらめない気持ちが大切であることを知りました」と語る泉田さんに、ライフセービングの魅力を語っていただきました。

プロフィール
● 泉田 昌美(いずみだ まさみ)さん

昭和44年(1969年)生まれ、東京都練馬区出身。小学2年生のときから水泳を始め、体育の先生をめざして日本体育大学に進学。在学中はライフセービングクラブに所属し、現在、日本ライフセービング協会理事長を務める小峯 力氏(B&G財団評議員)に師事。社会人になってからもボランティアで協会活動に励み、平成18年以降は、B&G「体験クルーズ」小笠原で、子どもたちにライフセービング体験プログラムを指導した。

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第3話現場で重ねた経験

プールで鍛えた応用力

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プールや海水浴場で監視員の経験を積んでいったライフセービング部の仲間たち。中央の列右端が泉田さん。その手前でしゃがんでいるのは、将来、海上保安庁特殊救難隊で隊長を務める寺門嘉之さんです

 小峯監督の教えを受けて活動の輪を広げていった、ライフセービング部の仲間たち。水のシーズンを迎えると海水浴場やプールで監視員の仕事を行い、泉田さんも夏休みや週末を利用して江の島のプールや都内のホテルのプールに通いました。

 「当時、女子は海水浴場で雇ってもらえなかったのでプールで働きましたが、江の島のプールに行ったときは、オフの時間に浜に出て男子の活動を手伝っていました。海水浴場にいると、いろいろな人間関係に遭遇するもので、母親が怖いからと言って父親が来るまでずっと待っていた迷子もいました」

 監視員をすれば事故にも対応しなければなりません。プールサイドで滑って転んでケガをする人がよくいたそうです。

 「濡れたデッキの上でケガが起きると、思った以上に血が周囲に広がってしまうので、最初はびっくりしてしまいます。でも、慣れてくると条件反射的に体が動いて自分でも不思議なくらい冷静に手当てすることができるようになりました」

 シーズン中の海水浴場やプールでは、毎日のように何らかのトラブルが起きると語る泉田さん。そんな現場で、泉田さんは応用力を高めていきました。

駅での出来事

 ライフセービングで学んだことは陸の上でも役に立ちました。大学1年生のとき、泉田さんは駅の構内で倒れて意識不明になった中年の男性を助けたことがあったのです。

 「駅で大勢の人が騒いでいるので行ってみると、中年の男性が階段で倒れていました。そこで、立っていた男性に手伝ってもらいながら倒れた男性を仰向けにして、呼吸をしていないことを確認していると、救急隊が来たので後を引き継いでもらいました」

 ほんのわずかな時間の出来事でしたが、泉田さんが現場に駆けつけた際、誰も倒れた男性に触れようとせず、大勢の人が円を描いて立っていたそうです。

 「私が来る前も来た後も、皆、円を描いて倒れた男性を見ているだけでした。そのため、『世の中、そんなものなのか』と思いましたが、私が1人の男性に声を掛けて介抱を手伝ってもらい始めると、横に置いた私の荷物のそばに立って番をしてくれる人も現れました。

 つまり、皆、介抱する自信はないけれど、何か協力する気持ちはあるわけです。ですから、私のように救急の資格を持っている者は、単に知識や経験を身につけるだけでなく、倒れた人を救うための、いざというときの勇気をしっかり持たねばならないと思いました」

 このとき、資格を持っていた泉田さんは率先して倒れた人のところに行きましたが、知識や経験のない人は、単に正義感だけで無闇に行動しないで欲しいと言います。

 「いまは携帯電話で救急車を呼ぶことができるし、近くの人に頼んでAEDを探してもらうこともできるので、あわてないことが大切です。特に水辺では落ち着いて行動しないと、溺れた人にしがみつかれて二重遭難を招く恐れもあります」

 水辺の事故で、二重遭難だけはぜったいに避けたいと語る泉田さん。経験を積んだライブセーバーの言葉だけに、大きな重みを感じます。

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B&G「体験クルーズ」で救急法を実演するライフセーバーの皆さん。本番さながらの緊張した場面に子どもたちの目も釘付けです

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子どもたちにレスキューチューブの説明を行う泉田さん。使い方だけでなく、命の大切さも必ず伝えます

何のための練習か?

 大学を出てOGのライフセーバーとして活動しているとき、泉田さんは溺水事故にも何度か遭遇しました。

 「あるとき、後輩を集めて江の島で講習会を開いていると、近くで溺水者が出て浜に担ぎ上げられたというので、上級生を連れて現場に駆けつけました。ところが、彼らに救急箱を持たせても立っているだけで、吐物で顔が汚れたので拭かせようとしても手が動きませんでした」

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大学卒業後、泉田さんは警視庁に就職(前から3列目の左端)。田んぼのなかまで犯人を追って、泥だらけになったこともあるそうです。現在は民間の警備会社に勤めています

 溺水者を前に、呆然と立ち尽くしてしまった後輩たち。すぐに泉田さんが代わって対処しましたが、大きな課題も見つかりました。

 「皆、日頃から救急法を練習しているはずなのに、いざ本番になると何をしたらいいのか分からなくなっていたのです。つまり、練習のための練習、大会のための練習になってしまっていたのです」

 その後は、救急の本番を意識した内容の練習に変えていったと語る泉田さん。ライフセービングという競技はあるものの、その精神は人を救うことにあるわけです。「水球や水泳の選手を借りて競技に勝っても『本物』ではない」と小峯監督が言った教えの意味を、あらためて知ることになりました。(※続きます)