No. 80
木造ヨットの技術で世界を驚かせた、佐野末四郎さんの職人魂
木という素材の可能性を追求してやまない、
江戸時代から続く船大工の末裔
東京都江東区で八代続く、木船の造船所に生まれた佐野末四郎さん。幼い頃からカンナやノミを使って遊び、小学５年生の夏休みにはディンギーヨットを自作。中学～高校時代には全長6.7mの木造ケッチ（２本マストの外洋ヨット）を完成させ、アメリカのヨット専門誌もはるばる取材に訪れました。
その後に建造した木造艇も記事で紹介され、「サノマジック」と賞賛された佐野さんの技術力。33歳で世界屈指の高級ヨット造船所として知られるオランダのハイスマン王立造船所に招聘され、わずか半年で技術職の最高位であるゴールデンハンドに昇格しました。
「木には水や養分を通す細かい導管が張り巡らされており、それがクッションとなって波の振動を吸収し、優れた断熱効果も発揮してくれます」
こうした特性は、どんなハイテク素材にも見られないと語る佐野さん。木という素材が「サノマジック」によってどのように生まれ変わっていくのか、お話いただきました。
プロフィール
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木の船の建造で知られる佐野造船所八代目、佐野一郎氏（東京都江東区無形文化財）の三男として、1958年（昭和33年）誕生。工学院大学専門学校造船科卒業後、オランダのハイスマン王立造船所に従事し、帰国後の1995年、「サノ・ヨットビルディング」（現：サノマジック）設立。1998年から「カヌー製作講習会」をはじめ、2003～04年には船の科学館でも開催。2008年からはマホガニー製フレームの自転車を作りはじめ、国内外で注目を集めている。
第1話自分の力で海を走りたい！
夏休みに叶えた夢
小学４年生のときにノミ１本で削り上げた魚の彫り物。天性を感じる作品です
小学５年生の夏休みに作ったディンギーヨット。独学でセーリングを学び、東京湾を走り回りました
物心つく頃からカンナやノミが遊び道具だったと振り返る佐野末四郎さん。取材時には、小学４年生のときに１枚の板からノミ１本で削り上げたという魚の彫り物を見せていただきましたが、とても小さな子どもが作ったとは思えない出来栄えでした。
やがて、その腕前はヨットの建造に注がれていきます。同年輩（昭和30年代）の人たちなら、夏休みの工作でゴム動力の模型飛行機やプラモデルの船などを作ったことと思いますが、佐野さんは小学５年生の夏休みに造船所にあった足舟（作業用の小舟）を改造して、実物のディンギーヨットを作ってしまいました。
「家が造船所ですから、いつも目にする海に出てみたいと思っていましたが、船の免許を持たない子どもですから、動力船を走らせることは無理でした。しかし、動力を持たないヨットなら免許は必要ないし、風で走るため燃料代もかかりません。ですから、ごく自然にヨットへの関心が高まっていきました」
佐野さんは小学生ながら独学でヨットの構造やセーリング理論を勉強。足舟にマストやセンターボードを取り付けて全長2.4mのディンギーヨットを自作すると、東京湾を縦横無尽に走り回りました。
「ヨットに乗って、よく釣りをして遊びましたが、強風が吹いて遊漁船が四苦八苦しているときでも、この小さなヨットは思ったとおりに走ってくれました。ヨットは風の力を利用して走るわけですから、操船さえ間違えなければ多少風が吹いても工夫しながら走ることができるのです」
ヨットに魅せられていった佐野さん。やがて、自分が作ったヨットでより遠くに行きたいと思うようになり、中学に上がるとその夢に向かって進んでいきました。
迷いのない進路
佐野さんはヨットの夢と家の仕事を考え、中学校を選ぶ際に船の設計・建造を勉強する道を選択。製図に詳しい東京工業高等学校の付属中学に入り、後々は船舶設計で知られる工学院大学専門学校造船科を目指すことになりました。
「船を作るにあたっては、各部の断面図を読み解きながら立体的に船体を捉えるイメージ力が求められます。そのため、まずは中学で製図の基礎となる図学を学んでいきました。また、工学院大学専門学校造船科を目指したのは、そこが日本で一番船舶設計に精通している学校だったからでした」
小学校を出た段階で、しっかりと我が身の行く先を定めた佐野さん。中学で図学を勉強する一方、佐野造船所八代目で現在は東京都江東区無形文化財にもなっている父親の一郎氏から、造船設計の基礎を教えてもらうようになりました。
「子どもの頃から家の仕事に触れていたので、父が教えてくれることはすんなり頭に入っていきました。細かい計算に関しては工学院に行ってから学べば良いと言われましたが、中学時代の３年間で図面を読み書きする力が身につきました」
“プリティエンジェル”号の誕生
中学～高校時代に自設計・自作した“プリティエンジェル”号の建造中の写真。たった１人ですべての工程をこなしました
こうした学びの日々を送るなかで、佐野さんはディンギーヨットに続く２隻目の愛艇づくりに着手。ヨットで遠くに行く夢を追いました。
「学校で図学を勉強し、父から造船の基礎を教わりながら設計を進め、３年掛けて１人で建造したのが、全長6.7mの木造ケッチ（２本マストの外洋ヨット）、“プリティエンジェル”号でした」
一般的に、全長6mクラスのヨットは１本マストのスループ艇が主流です。そのため、「なぜ、小さなヨットに２本もマストをつけたのか」といった声もありましたが、佐野さんには佐野さんなりの考えがありました。
「いまでもそうですが、当時から外洋ヨットの多くがレースを意識した設計になっており、１本マストに張った大きなセールを大勢のクルーが力を合わせて交換する、ハードな乗り方が求められます。
しかし、私が求めたセーリングはレースではなく、のんびりと釣りをしながら目的地に向かうクルージングです。このような乗り方の場合は、数人の仲間や家族で乗ることが多いですから、大勢のクルーが扱うような大きなセールは不向きです。
完成後の“プリティエンジェル”号。全長6.7mの小型ヨットながら、２本マストを活かして力強く走ります
一方、マストを２本立ててセールを２枚に分けてしまえば、少人数でも簡単にセールを扱うことができるようになります。また、１本マストの場合は面積の異なるセールを風の強さに合わせて交換していかねばなりませんが、２本マストの場合は１枚を残して１枚を下ろすだけで、わざわざ交換しなくても済んでしまう場合も少なくありません」
“プリティエンジェル”号には、他にも大きな特長がありました。木造船の場合、船体を覆う外板を二重三重に張るダブルプランキング、トリプルプランキングという方法がよく使われますが、佐野さんはたった１枚の外板で仕上げるシングルプランキングにこだわりました。
外板を二重三重にすると、水漏れが見つかった際、どこから漏れているのか分からなくなってしまうからです。佐野さんは、家に伝わる技術を駆使して１枚板ながら十分な強度と防水性を備えることに成功。加えてダブルプランキングやトリプルプランキングに比べて驚くほど軽量な船体が誕生しました。
精悍なレーシングヨットに比べ、２本もマストがある木造艇は遅いと思われがちですが、こうして“プリティエンジェル”号には軽快なセーリング性能が備わりました。 （※続きます）
写真提供：ホームページ SANOMAGIC-佐野末四郎の世界
クルージング先で停泊する“プリティエンジェル”号。建造から16年が経過したときの写真ですが、しっかりしたメンテナンスで美しさを保っています。
40年近く経ったいまでも、「進水したてですか」と尋ねられることがあるそうです
